パコと魔法の絵本
やっぱり中島哲也の映画は見逃せないと思い直し、キネ旬でも褒めてあったので見に行く。もう公開も終わり間近にしてはまずまずの入りだった。映画は「嫌われ松子の一生」ほどではないが、まあ面白かったというのが率直な感想。まるで舞台のような展開だなと思ったら、原作は舞台劇なのだそうだ。ディズニー風の音楽とともに始まるにもかかわらず、過剰なメイクと極彩色の色遣い、乱暴な言葉遣い、過激な描写、脱ドラマとユーモアが混ざり合って、いかにも中島哲也らしいポップさだ。でも本筋は真っ当で、ほろりときそうなラストをひっくり返し、さらにほろりとさせるように持って行くのがうまい。もっともこれは元の舞台の台本通りなのだろう。前半をコンパクトにして「松子」のように歌を散りばめてくれたら言うことはなかった。「松子」のようなミュージカルを期待していたのだ。
原作は後藤ひろひとの「MIDSUMMER CAROL ~ガマ王子VSザリガニ魔人~」。CAROLで分かるようにこれは「クリスマス・キャロル」にインスパイアされた物語だ。主人公の大貫(役所広司)は一人で会社を興し、仕事一筋に生きて会社を大きくしたが、発作で倒れて入院。「お前が私を知ってるってだけで腹が立つ」と周囲に当たり散らしているスクルージのような男で、周囲からはクソジジイと呼ばれている。ある日、大貫は病院の庭で「ガマ王子対ザリガニ魔人」という絵本を読んでいる女の子パコ(アヤカ・ウィルソン)に出会う。
パコは交通事故の後遺症で1日しか記憶が持たなかった。だから大貫の大事なライターを持っていて、大貫からぶたれても翌日は天使のような笑顔を見せる。パコの1日は誕生日で、ママから「毎日読んでね」とプレゼントされた絵本を毎日読んでいるのだった。両親は事故で死んだが、パコはそれを知らず「ママ、会いに来てくれないかな」と願っている。パコの頬に手を触れた大貫に対してパコは「おじさん、昨日もパコに触ったわね」と言う。大貫はパコに思い出を残してやりたいと病院の人たちにパコの絵本を演じてくれるように頼む。
「先生、俺は子供時代から泣いたことがないから涙の止め方が分からない。どうやったら止まるんだ」
「簡単ですよ。いっぱい泣けばいいんです」
パコの身の上に涙した大貫に病院の院長(上川隆也)が言う。いっぱい泣いて、涙が涸れるまで泣いたら、涙は自然に止まる。泣きたいときには泣けばいいという当たり前のことをさらりと言うセリフが心に残る。そのほか、ユーモアの中での真実みのあるセリフが詰まっていて、これまた中島哲也らしいなと思わせる。
「ざけんじゃねえよ」と言いつつ、子供時代の不幸と唯一の希望だった思い出を、その希望を与えてくれた当事者で今は薬物依存症の入院患者(妻夫木聡)に語る土屋アンナのまるで「下妻物語」の延長のような弾けた役柄が良い。小池栄子の歯がギザギザですぐにかみつく凶暴な看護師も良い。残念なのは何回も見せられた予告編で物語の大筋が分かり、本編にはそれを大きく超える意外性がなかったことか。パコのために病院全体をセットにして絵本の扮装をした登場人物が所々で3DCGに変わるクライマックスもこちらのイメージ以上のものはなかった。
出演者は唯一過剰なメイクのない劇団ひとりや過剰だらけの阿部サダヲ、加瀬亮、國村隼などいずれも好演していた。