It's Only a Movie, But …

シネマ1987online

半落ち

「半落ち」パンフレット

原作に忠実な作りで前半はあまり感心する部分もないなと思いながら見ていた。原作は取り調べに当たる刑事・志木や検事・佐瀬のハードなキャラクターにも面白さがあったが、柴田恭平、伊原剛志ではやや軟弱な感じがあるのだ。しかし、クライマックスで佐々部清得意の演出が炸裂する。梶総一郎(寺尾聰)が妻を殺すに至った経緯と殺してからの2日間の秘密が法廷で明らかになる場面。それまでの抑えた演出とは打って変わって佐々部清はここを情感たっぷりに演出する。アルツハイマーの妻役・原田美枝子の自然な演技と樹木希林の熱演が加わって胸を打つ場面になっている。こういう大衆性が佐々部清の利点と言えるだろう。このあたりからおじさん、おばさんが詰めかけた場内はすすり泣きである。

ただ、クライマックスの人を動かす演出に感心しながらも、全体としては凡庸な部分も目に付く。映画にゲスト出演している原作者の横山秀夫は「映画『半落ち』はですから、佐々部監督率いる『佐々部組』の『読み方』であり『感じ方』であるということができます」と書いている。その通りで、これは佐々部清の解釈なのであり、題材を自分に引き寄せた映画化なのである。佐々部清はミステリーよりも人情の方に重点を置いた。というか、これまでの2作「チルソクの夏」を見ても、そこに重点を置くしかなかったのだと思う。それが悪いとは思わないし、大衆性を備えたことによってこの映画はヒットしているのだから、勝てば官軍ではあるのだが、割り切れない部分も残る。佐々部清は自分流の演出で映画を成功させたけれど、同時に一通りの演出法しか持っていないという限界も見せてしまったようだ。

現役の警部・梶総一郎(寺尾聰)が妻を殺したとして自首してくる。梶の妻はアルツハイマー病で、急性骨髄性白血病で死んだ息子を忘れないうちに殺してくれと頼んだ結果の嘱託殺人だった。しかし、梶が妻を殺してから出頭してくるまでに2日あった。この2日間に何があったのか。志木和正(柴田恭平)の取り調べに対して梶は口を閉ざす。現役警部の犯罪に慌てる県警上層部はこの2日間を「自殺するために県内をさまよっていた」とねつ造するよう志木に命じる。原作は刑事、検察官、新聞記者、弁護士、裁判官、刑務官の6人の視点から語られる。映画は一番最後の刑務官を登場させず、裁判の場面にクライマックスを持ってきた。上映時間が限られる以上、この脚本(田部俊行、佐々部清)の処理は仕方がないが、残念なのは警察と検察の裏取引や記者(原作とは違って女性=鶴田真由にしている)と警察の駆け引きが通り一遍の描写になってしまったことと、弁護士や裁判官のキャラクターの掘り下げが(國村隼、吉岡秀隆の好演を持ってしても)足りないことだ。十分に描く時間がないなら、もう少しスッキリとまとめた方が良かっただろう。

映画の本筋は骨髄移植とアルツハイマーを通した命の絆や「誰のために生きるのか」という問いかけ、魂を失った人間は生きているのか死んでいるのかという設問にあるのだから、こうした部分をもっと前面に持ってきた方が良かった。同時に梶が妻を殺さなければならなかった苦悩も描き込む必要があった。深刻な顔をし続ける寺尾聰だけでは弱いのである。

僕は佐々部清の演出が嫌いではない。1、2作目を手堅くこなした後の3作目の今回はホップ・ステップ・ジャンプになるはずが、ホップ・ステップ・ステップにとどまったなという印象がある。次作では本当のジャンプになることを期待したい。

【データ】2004年 2時間2分 配給:東映
監督:佐々部清 プロデューサー:中曽根千治 小島吉弘 菊池淳夫 浜名一哉 長坂勉 原作:横山秀夫 脚本:田部俊行 佐々部清 撮影:長沼六男 音楽:寺嶋民哉 美術:山崎秀満 主題歌:森山直太朗「声」
出演:寺尾聰 原田美枝子 吉岡秀隆 鶴田真由 國村隼 伊原剛志 嶋田久作 斎藤洋介 中村育二 西田敏行 本田博太郎 田山涼成 岩本多代 奥貫薫 高橋一生 高島礼子 田辺誠一 石橋蓮司 井川比佐志 奈良岡朋子 柴田恭平

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