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シネマ1987online

梟の城

「梟の城」

篠田正浩が単純な娯楽大作時代劇を撮るはずはないと思っていたが、予想通り、映画は終盤、忍者(個人)のアイデンティティーの話になっていく。依頼主は心変わりし、個人的な恨みもないのになぜ秀吉を暗殺しようとするのか、その答えがアイデンティティーなのである。それはそれで悪くはない。悪くはないけれど、娯楽時代劇を締め括るのにはあまりふさわしくないし、唐突に出てくるテーマだから戸惑いが残る。ストーリーとテーマをもっと柔軟に組み合わせる脚本の工夫が欲しかった。スペクタクルシーンにも迫力が足りない。キネマ旬報いうところの”時代劇復活(リバイブ)”の始まりを告げる映画なのに残念だ。

天正9年(1581年)、忍者を嫌う織田信長は伊賀を攻め、大虐殺を行った。10年後、生き残った忍者の一人で、隠遁生活を送る葛籠重蔵(中井貴一)の元へ仕事の依頼が来る。「秀吉を殺せ」。直接の依頼人は堺の商人・今井宗久(小沢昭一)だったが、背後には年老いた秀吉の治世を危惧する徳川家康(中尾彬)がいた。原作がどうなっているのか知らないが、ここで依頼を引き受ける重蔵の気持ちがあまり伝わらない。信長を殺せとの依頼ならば、個人的な復讐になるわけだから、話は分かる。しかし、秀吉は信長の後を受けて国を治めているとはいえ、伊賀の虐殺には関わっていない。同じ天下人だからという理由では納得できない。もちろん重蔵の気持ちとしてはかつての忍者としての生活にあった充実感を再び、味わいたかった(これが終盤のアイデンティティーの話につながっていく)ということも示唆されるが、弱いのである。ここでしっかり重蔵の動機を描いておくべきだった。

依頼を引き受けた重蔵は仲間の下忍とともに秀吉暗殺を企てる。それを妨げるのは甲賀忍者・摩利支天洞玄(まりしてんどうげん=永沢俊夫)とかつての仲間で今は奉行所に士官した風間五平(上川隆也)。これに正体不明の女小萩(鶴田真由)と重蔵を慕う木さる(葉月里緒菜)が絡む。2人の強力な敵によって重蔵の手下は次々に倒されていく。重蔵自身も五平との戦いで深い傷を負う。ついに秀吉の寝所への侵入に成功した重蔵だったが…。

恐らく、娯楽映画やアクション映画の分かった監督なら、虐げられた伊賀忍者にもう少し焦点を当て、闇に生まれ闇に死ぬ者の悲哀を感じさせる映画に仕上げただろう。篠田正浩はテーマ重視派だから、そうした部分の描写が不足している。中井貴一も全くのミスキャスト。声が甲高く、忍者向きではないし、セリフ回しも軽薄だ。黒づくめの衣装のみ似合っていた。大阪城のマットペインティングなどSFXは100カットを超えているという。邦画でも普通にSFXが使われるようになったのは進歩と言うべきか。

【データ】1999年 東宝配給 2時間18分
製作:「梟の城」製作委員会 監督:篠田正浩 原作:司馬遼太郎「梟の城」 脚本:篠田正浩、成瀬活雄 撮影:鈴木達夫 美術:西岡善信 音楽:湯浅譲二 衣装:朝倉摂 SFXスーパーバイザー:川添和人 アクションアドバイザー:毛利元貞
出演:中井貴一 鶴田真由 葉月里緒菜 上川隆也 永沢俊夫 根津甚八 山本学 火野正平 マコ・イワマツ 馬淵晴子 小沢昭一 中尾彬 中村敦夫 岩下志麻

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