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漂流街

「漂流街」

馳星周の原作を今絶好調の三池崇史が監督した多国籍なハードアクション。新宿を舞台に日系ブラジル人とチャイニーズ・マフィア、ヤクザ、警察が入り乱れ、混沌とした熱気あふれる画面を展開する。だがしかし、そんなにすっきり行かないのが三池崇史の映画らしい。クライマックス、チャイニーズ・マフィアのボス・コウ(及川光博)とヤクザ伏見(吉川晃司)の対決場面でコウは突然、「卓球しませんか」などと言うのだ。もちろんそれ以前にコウが卓球をする場面は挿入されているのだが、まともな映画ならありえない展開。冒頭のどう見てもアメリカの風景にしか見えない場所にボンカレーならぬ“ポンカレー”の看板と埼玉県警のパトカーを登場させ、字幕に“埼玉県”と出すセンスにしても、いい加減と言うにはあまりにも戦略的すぎる演出なのである。リアリズムを力業でねじ伏せるこの演出をどう受け止めるかが映画の是非を左右する事になるのかもしれない。三池演出の形容詞としてよく使われる破天荒と、破綻とは紙一重なのである。僕は不幸にして三池監督の他の作品を見ていないが、今回は必ずしもうまくいっていないと思う。

では演出が破綻しているのかと言えば、そうではない。つまらないのかというと、まずまず面白い。主人公の日系ブラジル人マーリオを演じる新人TEAHの野性味がいいし、吉川晃司や及川光博、まるでやる気のない刑事役の柄本明らいずれも好演している。恐らく、恋人ケイ(ミッシェル・リー)と日本を脱出するためにヤクザの金を強奪し、争いに巻き込まれていく物語が緊密にストレートに描かれていたなら、好みの映画になっていただろう。画面に時折挟まれる本筋とはあまり関係のない描写が緊密さを削ぐのである。例えば、闘鶏の場面。原作者の馳星周と映画評論家の塩田時敏が鶏を戦わせるこの場面、CGの出来が今ひとつなのは我慢できるし、描写のおかしさもむしろ好ましいのだが、その後に塩田時敏が死んだ鶏を中華料理店に持っていき、店主から嫌がられる場面などは単なるその場限りのおかしさに過ぎず、なくてもいいような場面と思う。こんな場面を描くのなら、主人公の怒りと焦燥をもっと具体的に描くべきではなかったか。

あるいはブラジル人の盲目の少女カーラ(勝又ラシャ)。これまたクライマックスに伏見にさらわれて、マーリオが救出に向かうことになるのだが、この少女がなぜブラジル人社会で特別視されているのかをもっと描くべきだったように思う。描写の不足が多いのである。ラストの処理にしてもかつてマーリオと愛人関係にあったルシア(パトリシア・マンテローラ)の描写が不足しているので、唐突な展開にしか思えない。本筋となる描写を不足させてまで、ギャグに場面を割く必要があったのか。

こちらが期待するのが緊密でストレートなアクション映画であり、深作欣二「仁義なき戦い」のような重喜劇であるため、厳しい言い方になるが、本来の描写をないがしろにしてその場限りの描写のおかしさを挟むのは逃げだろう。物語に乗りたいと思っても乗せてくれない苛立たしさがつきまとう映画であり、もっと面白くなるはずなのにこれでは惜しい。三池崇史の映画はそういう映画だといわれれば、それまでだが、それ以上のレベルを目指さないのなら、三池崇史の将来はちょっとヤバイような気がする。

【データ】2000年 1時間43分 大映 徳間書店 東北新社 TOKYO FM製作 配給:東宝
監督:三池崇史 製作総指揮:徳間康快 製作:植村伴次郎 後藤亘 山本洋 原作:馳星周「漂流街」(徳間書店) 脚本:龍一朗 橋本浩介 音楽:遠藤浩二 主題歌:Sads「NIGHTMARE」 撮影:今泉尚亮 美術:石毛朗 衣装デザイン:山下隆生
出演:TEAH(テア) ミッシェル・リー パトリシア・マンテローラ 吉川晃司 及川光博 テレンス・イン セバスチャン・デヴィセント 野村佑人 マーシオ・ロッサリオ 勝又ラシャ 馳星周 麿赤児 大杉蓮 柄本明 塩田時敏

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