バニラ・スカイ

Vanilla Sky

「バニラ・スカイ」

スペイン映画「オープン・ユア・アイズ」(1997年)を「ザ・エージェント」「あの頃ペニー・レインと」のキャメロン・クロウがリメイクした。主演で製作を兼ねるトム・クルーズの依頼という。絶好調のキャメロン・ディアスとペネロペ・クルス共演で、この2人に関しては魅力たっぷり。クロウの演出も音楽の使い方や映像の凝り方に見どころはある。なのにそれほど盛り上がらない。中盤、顔に大けがをしたクルーズがあれこれ悩むシーンなどばっさり短くすべきだったのではないか。快調なテンポできた映画がここで立ち止まり、澱む感じになってしまい、余計な描写に思えてくるのだ。この映画、男女の愛のドラマかプロットの意外性かで重心が揺れ動く。これが大きな欠陥。おまけにセックス・フレンド(Fuck Body)などというひどい言葉を口にする身勝手な主人公に共感は持てない。女をもてあそんでおいて、自分は新しい女性と恋に落ちる。それを嫉妬するキャメロン・ディアスの役柄は結果的に悪女のように見えるのだが、悪いのが主人公の方なのは明らか。この主人公がああいう目に遭うのも当然の報いか。技術的には素晴らしいものがあるのに、惜しい結果に終わっている。

出版社を経営する裕福な男デヴィッド・エイムス(トム・クルーズ)は自分の誕生パーティーで美しい女ソフィア(ペネロペ・クルス)に出会う。デヴィッドはソフィアの純粋さに惹かれるが、セックス・フレンド(とデヴィッドが思っている)のジュリー(キャメロン・ディアス)はそんな2人を見て激しい嫉妬心を抱く。ソフィアの部屋から出てきたデヴィッドを車に乗せたジュリーは猛スピードで街中を走り、橋から落下する。車の中でデヴィッドを難詰するジュリーの「誰かと一度寝たら、体は約束するのよ。一度でもそうなのに、あなたは4度も私の中に入ってきた」というセリフにはドキリとさせられる。この事故でジュリーは死亡。映画は殺人容疑で収監され、醜い顔になったデヴィッドが精神科医マッケイブ(カート・ラッセル)の質問に答えながら、回想の形で進行する。

と、これ以上のストーリーは書けない。冒頭の人影のまったくないタイムズ・スクエアをはじめ、キャメロン・クロウの映像はなかなか面白い。夢か現実か分からないシーンを挟み込み、フィリップ・K・ディックの小説を思わせるような世界。「オープン・ユア・アイズ」を見ていないので比較はできないが、かなり忠実なリメイクらしい。だからこれは元の作品の欠陥でもあると思うのだが、こういうオチはあまり褒められたものではないだろう。本当なら、このオチは中盤に持ってきて、そこから物語を展開させたいところ。クロウの本質もじっくり語る方にあると思う。徹底的に改変して主人公のキャラクターを作り直し、ソフィアとの純愛に説得力を持たせるような工夫が必要だった。クロウが尊敬するビリー・ワイルダー(回想の映画が多い)なら、もっとうまい映画に仕上げただろう。

トム・クルーズは嫌いではないのだが、ペネロペ・クルスと熱愛中と聞くと、どうも映画の主人公が実生活とだぶってきてしまう(ミミ・ロジャース、ニコール・キッドマンと結婚、離婚)。これに対して損な役回りなのに魅力的なキャメロン・ディアスはさすがというべきか。メジャーからマイナーな映画まで出演するディアスは、だんだん演技もうまくなってきたような気がする。

【データ】2001年 アメリカ 2時間17分 配給:UIP
監督:キャメロン・クロウ 製作:キャメロン・クロウ トム・クルーズ ポーラ・ワグナー 製作総指揮:ポーラ・ワグナー 脚本:キャメロン・クロウ 撮影:ジョン・トール 美術:キャサリン・ハードウィック 衣装デザイン:ベッツィ・ハイマン 音楽:ナンシー・ウィルソン
出演:トム・クルーズ ペネロペ・クルス キャメロン・ディアス カート・ラッセル ジェイソン・リー ノア・テイラー 

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バンディッツ

Bandits

「バンディッツ」 銀行強盗の場面から回想で始まるのが「ソードフィッシュ」にそっくり。しかし、あんなに面白くはない。目指しているものも違うのだが、バリー・レビンソンの演出およびハーレイ・ペイトンの脚本(製作総指揮も)は切れ味に欠ける。特に脚本。始まって間もなくネタが分かってしまうのは何とかならなかったのか。「ソードフィッシュ」ほどの工夫がないのがつらいところだ。ありきたりの脚本・演出を救っているのが主演3人の魅力で、特にケイト・ブランシェット(「エリザベス」「リプリー」「ギフト」)がよろしい。この人、ケイト・ベッキンセール(「パール・ハーバー」)と同じく、時々すごい美人に見えることがある。キッチンで「ヒーロー」を歌いながら料理する初登場の場面から演技力を感じさせ、けっこうスタイルもいいのだなと見直した。ビリー・ボブ・ソーントンは相変わらず変な役だが、おかしくてうまい。ブルース・ウィリスはそれなりか。主演3人に関しては脚本・演出よりもレベルが高く、作家の映画というよりスターの映画となっている。

オレゴン州立刑務所からジョー・ブレーク(ブルース・ウィリス)とテリー・コリンズ(ビリー・ボブ・ソーントン)がミキサー車を奪い、衝動的に脱獄する。タフガイのジョーに対してテリーは病気恐怖症を持つ気弱な男。2人はメキシコでホテル経営を夢見て銀行強盗を計画する。テリーが考えたのが、銀行支店長の家に前日から泊まり込み、朝早く支店長に金庫を開けさせて金を奪う計画。スタントマン志望のハーヴィー(トロイ・ガリティ)に助手を務めさせ、最初の計画はうまくいく。金を山分けして2週間後に落ち合うことにしたが、テリーがふとしたきっかけで満たされない主婦のケイト(ケイト・ブランシェット)と出会う。隠れ家に一緒にやってきたケイトはジョーと愛し合うようになるが、やがてテリーも愛してしまう。このケイトとジョー、テリーの三角関係が後半の焦点となる。

同じ手口で次々に銀行強盗を成功させ、“お泊まり強盗”(Sleep Over Bandits)として有名になる、というところを見ても、軽妙に作りたい映画なのだが、バリー・レビンソンの演出はどうも弾んでいかない。ケイトが仕事中心の夫にうんざりしていたり、三角関係のちょっとシリアスな描写も悪くないのだが、そういう場面とユーモアがなかなか結びつかない。もう少し全体にハッピーな感覚があると良かったと思う。シリアスとユーモアのバランスが悪く感じるし、細部のギャグがあまり効果を挙げていない。バリー・レビンソン、映画のまとめ方を間違ったようだ。

映画の中でジョーとテリーは現代の“ボニーとクライド”(「俺たちに明日はない」)としてマスコミに報道される。それよりも僕が思い出したのはブッチ・キャシディとサンダンス・キッド、つまりジョージ・ロイ・ヒル「明日に向って撃て!」。外国での成功を夢見る2人と三角関係が絡むところが似ている。もちろん、「明日に向って撃て!」ほどの完成度があるわけではない。銀行強盗の決着の付け方などは安易で、そんなにうまくいくかよ、と思えてしまう。余計な描写も多く、ハーヴィーとピンクのブーツの女とのエピソードなど不要だろう。

【データ】2001年 アメリカ 2時間4分 配給:20世紀フォックス
監督:バリー・レビンソン 製作:マイケル・バーンバウム ミシェル・バーク バリー・レビンソン 脚本:ハーレイ・ペイトン 撮影:ダンテ・スピノッティ 衣装デザイン:グロリア・グレシャム 音楽:クリストファー・ヤング
出演:ブルース・ウィリス ビリー・ボブ・ソーントン ケイト・ブランシェット トロイ・ガリティー ブライアン・F・オバーン ステイシー・トラビス ボビー・スレイトン

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スパイキッズ

Spy Kids

「スパイキッズ」

マッド・サイエンティストの組織に誘拐された元スパイの両親を2人の子どもが救出しようと、大人顔負けの活躍をする。ファミリー映画ということは分かっていたが、やはりこの程度の出来ではまずいのではないか。ロバート・ロドリゲス(「フロム・ダスク・ティル・ドーン」「パラサイト」)はファミリー映画の可能性を信じていないのだと思う。子どもが見ても大人が見ても面白い映画というのは確かに難しいが、「子どもの理解力はこんなもの」と低く見積もって作った映画が面白くなるわけがない。とりあえず子どもを主人公にして子どもが喜びそうなキャラクターを登場させて子どもが分かる範囲内のストーリーを設定してと、足し算で作っていった映画なのである。作りが雑なうえに、心がこもっていない。SFXや俳優に一応合格のものをそろえても、映画製作の基本が間違っているからダメなのである。

敵対していた2人のスパイ(アントニオ・バンデラスとカーラ・グギノ)が結婚するエピソードを描く冒頭はスピーディーでスペクタクルな良い出来なのだが、そこから始まるメインのストーリーがいきなりファンタジーである。マッド・サイエンティストのフループ(アラン・カミング)が作った子ども型ロボット“スパイキッズ”を完成させるために、バンデラスがスパイ時代に作り、秘かに持っていた“第三の脳”を狙う。バンデラスとグギノは誘拐され、2人の子どもカルメン(アレクサ・ヴェガ)とジュニ(ダリル・サバラ)にも魔の手が迫る。2人は秘密兵器を駆使して危機を切り抜け、両親の救出作戦を展開することになる。

フループが作る親指型のロボット“サム・サム”や機械で人間が変換された怪物キャラクターは、いかにもお子さま向け(でも気持ち悪い)の造型。フループのいる城も同様。キャストは豪華で、ロドリゲスとは縁のあるジョージ・クルーニーがゲスト的に出演しているほか、「ターミネーター2」のロバート・パトリック、テレビ版「スーパーマン」のロイス・レイン役テリ・ハッチャーも出ている(ハッチャーはあまりといえばあまりの格好になる。アメリカで人気が落ちたのだろうか)。SFXも水準的な出来と言える。なのに肝心の子役に魅力がない。というか子どものキャラクターが少しも描き込まれていない。両親は元スパイであることを子どもに隠しており、2人の子どもは父親を気弱なダメ親父と思っている。この設定をもう少し生かして、映画の核にすれば良かったのにと思う。ドラマ部分が希薄でエモーションが持続せず、単なる見せ物を並べただけで終わっている。

昨年のアメリカの興行収益を見ると、大ヒットしたのは「ハリー・ポッターと賢者の石」や「モンスターズ・インク」など子どもも動員できる映画。このあたりの事情は日本もアメリカも変わらない。早くも撮影が始まったという第2作“Spy Kids 2 : The Island of Lost Dreams”では第1作の不満を払拭する映画になっていることを望む。

【データ】2001年 アメリカ 1時間28分 配給:アスミック・エース
監督:ロバート・ロドリゲス 製作総指揮:ボブ・ワインスタイン ハーヴィ・ワインスタイン ケアリー・グラナット 製作:エリザベス・エイヴェラン ロバート・ロドリゲス 脚本:ロバート・ロドリゲス 撮影:ギレルモ・ナヴァロ 音楽:ダニー・エルフマン 衣装デザイン:デボラ・イヴァートン
出演:アントニオ・バンデラス カーラ・グギノ アレクサ・ヴェガ ダリル・サバラ アラン・カミング トニー・シャルーブ ロバート・パトリック ジョージ・クルーニー テリ・ハッチャー チーチ・マリン ダニー・トレホ マイク・ジャッジ

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山の郵便配達

那山 那人 那狗 : Postman in the Mountains

「山の郵便配達」 中国・湖南省の険しい山岳地帯の集落に郵便を配達してきた父親と、それを引き継ぐことになった息子の話。長年、郵便配達を続けてきた父親は足を痛め、支局長から退職を勧告される。息子は公務員になれば、幹部への道も開けると志願するのだが、重い郵便バッグを背負って山道を3日間歩きづめの配達は想像以上に大変な仕事である。映画は初めて配達に行く息子とそれに付き添う父親の姿を通して、親子の本当の理解と家族の関係を情感を込めて描く。原作は42ページしかない短編。ス・ウの脚本はこの小説を驚くほど豊かに膨らませている。細部を具体的に語り、父子の関係に的確なエピソードを付け加え、小説が描こうとしたテーマを見事に語り直している。その手法には感心させられる。この見事な脚本を監督のフォン・ジェンチイは美しい風景とともに描いており、映画は小説以上の出来と言っていい。

映画で感動的なシーンの一つに次のようなエピソードがある。ある集落の外れに目の見えない老婆が一人で住んでいる。老婆は都会に出ていった孫からの仕送りと一緒に入った手紙が届くのを楽しみにしている。父親は長年、その手紙を読んでやってきた。しかし、実は紙には何も書かれていず、父親の創作だった。父親は老婆の胸中を思いやって長年それを続けてきたのだ。仕事のために家にいることが少なく、息子は父親とまともに口をきいたことがなかった。今も“あんた”と呼ぶが、3日間の仕事を通して父親の本当の生き方を理解する。美しい村の娘と息子との出会いを見て、父親は自分と母親の出会いを回想する。ここにあるのは貧しいけれども真っ当な生き方であり、人生の区切りを迎えた父親の深い感慨である。

ただし、映画には父親の足を痛めつけた川の水の冷たさが少し欠けている。具体的な描写を織り込んだ結果、父親のキャラクターが生真面目すぎるものになったのも残念。同じように山で働いてきた他の公務員は次々に幹部になっていったのに、愚直なまでに正直な生き方をしてきた父親は村人たちから感謝はされていても、社会的な地位という意味では何も報われない。だが、愚痴一つこぼさない。息子にも愚痴をこぼしてはいけないと戒める。映画自体の完成度が高いのを認めた上で書くと、こういう人物を描く映画は国家にとってはまことに都合がいいと思う。むろん、この映画が海外の映画祭でも評価されたのは父と息子の関係をメインに据えたストーリーが胸を打つからだが、父親は自分に与えられた仕事は懸命に果たし、不正は許さないという、道徳に出てくるような(国にとっては)模範的な人物なのである。こういう人物ばかりであれば、国は平気で人を使い捨てにするだろう。

恐らく作者たちは少しも意図しなかったであろう、そういう部分が少し気になる。だから父親のストイックな生き方に感銘を受けながらも、映画に対してアンビバレンツな思いを抱かざるを得ない。チャン・イーモウ「初恋のきた道」は少女の一途な恋心の描写に普遍性があって支持を集めた。この映画にも普遍性はあるが、ここで描かれる普遍性が常に正しいとは限らないのである。もちろん、父親は小説でも生真面目な男として描かれるのだが、それ以上に感じるのは老いを迎えた男の切なさなのである。映画はもっと父親の視点で統一した方が良かったのかもしれない。細部を膨らませすぎることで余計な要素が交じる場合もあるのだ。

監督のフォ・ジェンチイはこれが3作目。ポン・ヂェンミンの原作「那山 那人 那狗」(あの山 あの人 あの犬)は1983年の全国優秀短編小説賞を受賞。監督は「息子に背負われた父が涙を流すところで、映画化のインスピレーションを」受けたそうだ。確かにここは原作の大きなポイントとなっている。父親役のトン・ルウジュンが素晴らしくリアルな演技を見せるのに対して、息子役のリィウ・イエはやや未熟な部分が目に付いた。

【データ】1999年 中国 1時間33分 配給:東宝東和
監督:フォン・ジェンチイ 製作総指揮:カン・ジェンミン ハン・サンビン 原作:ポン・ヂェンミン 脚本:ス・ウ 撮影:ジャオ・レイ 音楽:ワン・シャオフォン 美術:ソォン・ジュン 衣装:リ・フォイミン
出演:トン・ルゥジュン リィウ・イェ ジャオ・シィウリ ゴォン・イエハン チェン・ハオ リ・チュンフォア ヤン・ウェイウェイ ダン・ハオ ホァン・ウェイ ワン・ユイ

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