It's Only a Movie, But …

シネマ1987online

セールスマン

いかに他者を許すか

イランの名匠アスガー・ファルハディ監督が「別離」(2011年)に続き、2度目の米アカデミー賞外国語映画賞に輝いたサスペンスドラマである。

小劇団で俳優活動をしている教師のエマッド(シャハブ・ホセイニ)と妻のラナ(タラネ・アリドゥスティ)。「セールスマンの死」の上演を間近にしたある日、老朽化したアパートから退去を迫られ、劇団の仲間が紹介してくれた建物に転居する。その新居である夜、妻が何者かに襲われる。包帯を巻いた痛ましい姿の妻は警察に被害届を出さないと夫に話す。怒りにかられたエマッドは独自で犯人捜しを開始する。

アーサー・ミラーの「セールスマンの死」は拝金主義的な時代の変化が誠実に生きる主人公に理想を喪失させ、家庭崩壊の悲劇をもたらす内容だった。映画は劇中劇としてこの作品を入れることで、古い慣習が続いたまま急速に近代化するイランの現状を描き出す。

映画の終盤明らかとなる襲撃犯に対しては妻が先に寛容さを示すが、夫が許さない。恨みを引きずらず、いかに他者を許容できるかは今の世界で最重要の課題だろう。テーマの選択といい語り口の巧みさといい、間然するところがない。掛け値なしの傑作だ。(2018年01月11日・小野)

TOP