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ストレイト・ストーリー

「ストレイト・ストーリー」

実話である。病に倒れた兄に会うために、73歳の老人が時速8キロのトラクターで560キロの旅をする。これまでのデヴィッド・リンチなら、主人公が旅の途中でさまざまなヒドイ目に遭い、ダークサイドに引き込まれていくような展開になってもおかしくないが、映画は素直な感動作として収斂していく。「なんだ、アメリカもけっこう良い所じゃないか」と思わせるハートウォーミングな出来なのである。ただし、そこかしこにリンチらしい雰囲気はある。3週間で7頭の鹿をはねた女のエキセントリックさ、中南部のどこか「ツイン・ピークス」を思わせる佇まい、何よりアンジェロ・バダラメンティの音楽がまぎれもないリンチワールドを感じさせる。作家の手つきは消そうと思っても消えないらしい。深い皺が刻まれたリチャード・ファーンズワースもいいが、少し知恵遅れの娘役シシー・スペイセクのリアルな演技に感心させられた。

アルヴィン・ストレイト(リチャード・ファーンズワース)は腰を痛め、歩くのに両手に杖をつかなければならなくなった。そんな時、兄の家族から電話が入る。兄が心臓発作で倒れたというのだ。アルヴィンと兄は大変仲の良い兄弟だったが、10年前に仲違いしたまま口もきいていない。これで最後になるかもしれない。アルヴィンは兄に会いに行くことを決意する。車の免許を持たず、歩くのにも苦労するアルヴィンが旅に出る手段は一つだけだった。芝刈り機用のトラクターを使うこと。古いトラクターで荷物を引っ張って出発するが、トラクターは途中で故障。やむなく中古のトラクターを新たに購入し、再度出発する。映画は中南部のトウモロコシ畑など美しい風景を取り入れながら、家出した少女や親切な家族などとアルヴィンの出会いのエピソードを綴っていく。

リンチらしいのは鹿をはねる女のエピソードだ。「毎日通勤で63キロを往復しなければならないのよ。それなのに3週間で7頭も鹿を撥ねたわ。なぜ私だけ!」とまくし立てるように言い残して女は去っていく。残ったアルヴィンは死んだ鹿を見つめる。次のシーンでアルヴィンは鹿を焼いて食べている! しかもその周囲にはなぜか鹿の置物がたくさんあるのである。ストレートな話の中でこのエピソードの不条理さとおかしさはひときわ異彩を放っている。

ファーンズワース79歳、兄役のハリー・ディーン・スタントン73歳。このほか映画には高齢の人物が数多く登場し、高齢者映画の趣もある。そしてキャラクターの奥行きが深い。アルヴィンは大戦中に味方を撃ち殺してしまった苦い過去がある。知恵遅れの娘は役所から子育てはできないと判断され4人の子どもを取り上げられた。日本人にとってちょっとありふれた感じを受ける3本の矢の話を除けば、ファーンズワースが語るセリフには一つ一つに深い含蓄がある。貧しくつつましい生活をしているアルヴィンが旅をするには困難がつきまとうが、旅先でさまざまな人々がそれを援助する。そんなアメリカ中南部の生活を温かく描いており、これがアメリカで幅広い共感を受けた要因になったと思われる。

映画の終盤、アルヴィンは兄の所まで車で送っていこうという親切な誘いを「ありがとう。でも自分でやり遂げたいんだ」と言って断る。73歳のアルヴィンにとって、これが人生最後の大事業になるかもしれない。目的が兄に会いに行くだけであるなら、車で送ってもらった方が楽だし簡単だ。しかし旅の途中で、アルヴィンの目的は「自分で始めた旅を自分一人でやり遂げること」に変わったのだろう。手段が目的に変わる過程を描いて秀逸だ。

【データ】1999年 アメリカ 1時間51分 配給:コムストック
監督:デヴィッド・リンチ 製作:アラン・サルド メアリー・スウィーニー ニール・エデルスタイン 製作総指揮:ピエール・エデルマン マイケル・ボレア 脚本:ジョン・ローチ メアリー・スウィーニー 撮影:フレディ・フランシス 音楽:アンジェロ・バダラメンティ 衣装:パトリシア・ノリス 編集:メアリー・スウィーニー 美術:ジャック・フィスク
出演:リチャード・ファーンズワース シシー・スペイセク ハリー・ディーン・スタントン 

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