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シネマ1987online

トラフィック

「トラフィック」

「お前たちは敗戦を知らずに孤島に残った日本兵だ」。逮捕された麻薬密売組織の幹部ルイス(ミゲル・フェラー)が刑事たちをあざ笑いながら言う。アメリカはとっくに麻薬戦争に敗れているのに、それを知らずに戦いを続けているというわけだ。映画はこの麻薬戦争の実体を描きながら、それに立ち向かう刑事や判事の姿を真摯に希望を込めて描き出す。しかし、単純な夢物語にあるような希望ではない。ここでは根本的な解決策は何も示されない。メキシコのティファナ、ワシントンD.C.、サンディエゴ、オハイオを舞台に繰り広げられる3つの物語の中で描かれるのは麻薬汚染の深刻さであり、それを許す社会構造であり、事態の複雑さである。それにもかかわらず、映画はラストにそれぞれの希望を用意している。それは子供を非行から救う野球場の照明であり、悪に対する刑事の執念であり、家庭の犠牲者に敵対することよりも支援することを選んだ父親の姿なのである。「トラフィック」は極めて焦点深度の深い作品だ。知的なスティーブン・ソダーバーグの演出は細部を語ることで全体を語り、場面を的確に作り上げることで物語に説得力を持たせている。一瞬たりとも無駄な描写はなく、密度が濃い。リサーチが十分に行き届いており、ジャーナリスティックな側面を持つ傑作と思う。

1980年代に放映されたイギリスのテレビシリーズが基になっているという。「TRAFFIK トラフィック!ザ・シリーズ」というこの番組、パキスタンからヨーロッパ経由でイギリスに入ってくる麻薬を扱ったらしい。プロデューサーのローラ・ピックフォードはこれをアメリカに当てはめ、脚本のスティーブン・ギャガンがさらに綿密なリサーチを重ねた。そしてソダーバーグが“「ナッシュビル」と「フレンチ・コネクション」を組み合わせたような映画”に仕上げた。「ナッシュビル」の部分に相当するのはセリフのある人物が150人に及ぶという多さである。これだけの登場人物を少しも混乱させることなく、ソダーバーグは明確に描き分けている。3つの物語をそれぞれ色調を変えて撮影したことも効果を挙げているが、基本的な演出がしっかりしているのだと思う。「フレンチ・コネクション」に相当するのはアメリカの刑事2人組(ドン・チードルとレイ・カストロ)が麻薬密売組織を捜査するエピソード。ルイスを逮捕し、裁判で証言させようとする2人に、組織の幹部の妻(キャサリン・ゼタ=ジョーンズ)が妨害を仕掛けてくる。ゼタ=ジョーンズは夫が逮捕されたことで今までの優雅な生活が崩れていくのを止めようと、ルイス抹殺を図るのである。最初は夫の仕事も知らない善良な人妻として登場するが、それが徐々に変わっていくのが面白い。刑事の描写も含め、ここは一般的な刑事アクションのタッチである。

主人公である連邦麻薬取締最高責任者の判事マイケル・ダグラスの娘が麻薬に溺れていく場面を描きつつ、映画はもう一つの重要なエピソード、メキシコの警官ベニチオ・デル・トロのエピソードをじっくりと描く。デル・トロは相棒の刑事とともに大量の麻薬を押収したことで、連邦警察のサラサール将軍(トーマス・ミリアン)から目をかけられる。メキシコには大きな麻薬組織が2つあり、将軍はそのうちの一つを壊滅させようとしている。実はサラサール将軍は一方の組織を後押ししていた。賄賂も受け取る警官のデル・トロは決して正義感が強いわけではないが、相棒が組織に殺されたことで、アメリカのDEA(麻薬取締局)に協力することを決意する。ざらざらした黄色っぽい映像で描かれるメキシコの場面はこの映画の中で最も出来が良く、デル・トロの絶妙の演技は賞賛にあたいする。アカデミー賞では助演男優賞だったが、主演賞でも良かっただろう。

アメリカでの捜査、メキシコの実体、そして麻薬に蝕まれる若者たち、それを救おうとする父親などなどがハイテンポで綴られていき、画面の情報量に圧倒される。3つの物語はそれぞれで1本の映画にできるぐらいの内容があるのである。しかも、一人のスーパーマンが事件を解決するような安易な物語ではもちろんなく、ギャガンの脚本は実体に則しつつ、見事な結末を用意する。「麻薬戦争を徹底させるためには家庭の犠牲者にも敵対しなければならない。私にはそんなことはできない」。こう言って、マイケル・ダグラスは麻薬取締の最高責任者としての演説を途中で放り出し、娘の支援に回る。証人となるはずのルイスを殺されたドン・チードルはゼタ=ジョーンズ宅に抗議に押し掛けたと見せかけて、しっかり捜査の続きを仕掛ける。デル・トロはDEAに協力する条件として持ち出した野球場への照明(それはメキシコの闇を照らす明かりのメタファーでもあるのだろう)の中で、ひとときの安らぎを得る。事件は解決しない、しかし、戦うことを諦めてはいけない、との主張が伝わるラストである。手持ちカメラを自ら回したソダーバーグはこうした映画のテーマをしっかりと訴えている。演出も俳優の演技も、こぶしを振り上げたタッチになっていないことが洗練を感じさせる。

【データ】2000年 アメリカ 2時間28分 イニシャル・エンターテインメントグループ作品
監督:スティーブン・ソダーバーグ 脚本:スティーブン・ギャガン 製作:エドワード・ズウィック マーシャル・ハースコヴィッツ ローラ・ビックフォード 製作総指揮:リチャード・ソロモン マイク・ニューエル キャメロン・ジョーンズ グラハム・キング アンドレアス・クライン 撮影:ピーター・アンドリュース(スティーブン・ソダーバーグ) プロダクション・デザイン:フィリップ・メッシーナ コスチューム・デザイン:ルイーズ・フロッグレー 音楽:クリフ・マルチネス
出演:マイケル・ダグラス ドン・チードル ベニチオ・デル・トロ ルイス・ガスマン デニス・クエイド キャサリン・ゼタ=ジョーンズ スティーブン・バウアー ヤコブ・バーガス クリフトン・コリンズJr. ミゲル・フェラー トファー・グレイス エイミー・アーヴィング トーマス・ミリアン マリソル・パディーヤ・サンチェス レイ・カストロ ベンジャミン・ブラッド アルバート・フィニー セス・アブラハムス エリカ・クリステンセン ジェームズ・ブローリン

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