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アメリカン・ビューティー

「アメリカン・ビューティー」

「オン・ブロードウェイ」のメロディに乗って踊る娘の友達アンジェラ(ミーナ・スバーリ)に、レスター・バーナム(ケヴィン・スペイシー)は一目惚れしてしまう。レスターは間もなく43歳になる42歳。妻キャロリン(アネット・ベニング)と一人娘の高校生ジェーン(ソーラ・バーチ)がおり、雑誌社で広告の仕事をしている。キャロリンが乗る車はメルツェデス・ベンツのMクラス。ベンツがアメリカ向けに作った車で決して安くはないが、取り立てて高い車でもない(日本での価格は550万円。ちなみに「スリー・キングス」では高級車の象徴としてトヨタのセルシオと日産のインフィニティが引き合いに出されていた)。この車が個人で不動産業を営むキャロリンの愚かな上昇志向の一端を象徴しているとはいえ、バーナム家は郊外に家を持つ普通の家庭なのである。一見、幸福な状況。しかし、レスターは妻と性的関係が途絶え、娘ともまともに口をきいたことがない。既に死んだも同然の生活−と自分で認識している。現状に満足していないわけだ。それを打ち破るのがアンジェラとの出会いで、映画はこの「ロリータ」的状況を中心に据え、家族がバラバラになる過程をユーモラスに描く。

バーナム家を相対化させる手段として描かれるのが最近、隣に引っ越してきた家族。元海兵隊大佐で厳格な父親フィッツ(クリス・クーパー)が支配するこの家庭は、経済的には問題なくとも、まず不幸の塊である。息子リッキー(ウェス・ベントレー)はビデオおたくでジェーンから“サイコ・ネクスト・ドア”と思われている。父親の前では優等生だが、裏ではマリファナの密売をしている。母親は家の中を塵ひとつないように片づけているが、まったく覇気がない。フィッツ大佐はゲイを軽蔑し、ドラッグを否定する保守的な人間で、人はこうあるべきという幻想を抱いているのである(これが自分の欲望に対する抑圧から生じていることが後半明らかになる)。ドラッグに手を出させないために半年に一度、息子の尿検査をするという性格がその異常さを表している。家の雰囲気は息苦しい。

フィッツ大佐と同じようにレスターのアンジェラに対する思いも幸福への幻想だ(薔薇はその象徴である)。現状脱出の幻想と現状維持の幻想(あるいは欲望に自由な男と不自由な男の幻想)。この2人の幻想がいずれも打ち砕かれるラストに向かって収斂していく。根本的に違うのはレスターは幻想が打ち砕かれることによって、ある種の安らぎを得たことに対して、フィッツ大佐のそれは自身の破滅を招いてしまうことだ。いろいろな切り口から評価できる映画だが、この2人の対比がカギではないかと思う。サイコなドラマなのである。ロバート・レッドフォード「普通の人々」やウディ・アレン「インテリア」、ロバート・ベントン「クレイマー、クレイマー」のように一見、家族の問題を扱ったように見えるし、そういう解釈もできるため、本筋が分かりにくくなった側面がある。

ケヴィン・スペイシーは相変わらずうまいし、アネット・ベニングも魅力的である。サム・メンデス監督はユーモアと官能的描写を挟み、ややブラックな味わいで仕上げた。2時間2分を飽きさせずに見せる手腕は多いに認めよう。ただ、メンデスの興味が意外性などにないことは明らかだが、冒頭の「1年もたたないうちに死ぬ」との言葉は余計。メンデスはアカデミー賞受賞式でビリー・ワイルダーに敬意を表していたが、ワイルダーの「サンセット大通り」のように死者の回想形式を取ったことは、必ずしも成功とは言えない。

【データ】1999年 アメリカ 2時間2分 ドリームワークス提供 配給:UIP
監督:サム・メンデス 脚本:アラン・ボール 製作:ブルース・コーエン ダン・ジンクス 撮影:コンラッド・L・ホール 音楽:トーマス・ニューマン 衣装デザイン:ジュリー・ウェイス プロダクション・デザイナー:ナオミ・ショーハン
出演:ケヴィン・スペイシー アネット・ベニング ソーラ・バーチ ウェス・ベントレー ミーナ・スバーリ ピーター・ギャラガー アリソン・ジャーニー クリス・クーパー
2000年アカデミー賞5部門(作品・監督・主演男優・オリジナル脚本・撮影賞)受賞

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