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シネマ1987online

過去のない男

「過去のない男」パンフレット

フィンランドのアキ・カウリスマキ監督の作品で、2002年カンヌ映画祭でパルムドールに次ぐグランプリを受賞した(この年のパルムドールは「戦場のピアニスト」)。暴漢に襲われて頭を強打され、記憶をなくした男の生き方を淡々と見せる。描写は淡々としているのだが、にじみ出るユーモアと小さな幸福感が心地よい。言葉で語らず描写で見せるのが映画の本質なら、カウリスマキのこの映画はその王道を行っている。

ヘルシンキの駅で降りた男(マルック・ペルトラ)がベンチで休んでいると、暴漢3人が男に殴りかかる。バットで頭を強打されて気を失った男から財布や鞄の中身を盗む。男は血だらけで病院に担ぎ込まれるが、心電図が停止し、医師は死亡を宣告。しかし、医師と看護婦がいなくなると、男は起きあがり、包帯だらけの格好でベッドを抜け出す。川のそばで倒れていたところを2人の少年が見つけ、父親に告げて、男はこの一家の世話になることになる。この一家はコンテナに住み、貧しい暮らしをしている。傷が癒えた男は自分でもコンテナを借り、救世軍で働き始め、救世軍の女イルマ(カティ・オウティネン)を愛するようになる。

記憶を失った男が過去を追い求めず、現状に順応して生きていく様子がコミカルに綴られていく。男の過去はやがて明らかになる。男は家を訪ねる。家は立派だし、妻はイルマよりも美人だが、かつては喧嘩が絶えなかったという。妻が別の男と同棲している姿を見て、男は何の感慨も見せずに過去と決別し、現在の暮らしに帰っていく。

病院での心電図停止の描写は過去をリセットして新しい人生を歩む男の姿を象徴しているのだろう。フィンランドの失業率の高さとか、役人のえらそうな態度とか、人々の貧しい暮らしを挟みつつ、過去は関係ない、現在が大事という当たり前のことを当たり前に描いていく。声高に訴えるわけでもなく、さまざまな描写を積み重ねていくカウリスマキの手法は好ましい。ゴミ箱をノックすると、中からそこに住んでいる男が出てきたり、口座を作りに行った銀行で強盗(といっても取引停止された中小企業の社長が自分の金を引き出しにきただけである)から金庫に閉じこめられたり、細部が微妙なおかしさに満ちていて、クスクス笑いながら見た。カティ・オウティネンはカンヌ映画祭の主演女優賞を受賞したが、マルック・ペルトラの飄々とした演技も捨てがたい味わいがある。

【データ】2002年 フィンランド 1時間37分 配給:ユーロスペース
製作・監督・脚本:アキ・カウリスマキ 撮影:ティモ・サルミネン 衣装:オウティ・ハルユパタナ 美術:マルック・ペティレ
出演:マルック・ペルトラ カティ・オウティネン ユハニ・ニエメラ カイヤ・パカリネン サカリ・クオスマネン アンニッキ・タハティ エリナ・サロ

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