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竜とそばかすの姫

キネマ旬報2021年8月上旬号の細田守監督インタビューによれば、「竜とそばかすの姫」のコンセプトとして監督が考えていたのは「インターネットの世界を舞台に、現代の『美女と野獣』を描きたい」ということだった。細田監督はディズニーの名作アニメ「美女と野獣」(1991年)に大きな影響を受けている。だから「おおかみこどもの雨と雪」(2012年)の母親とオオカミの関係は美女と野獣だし、「バケモノの子」(2015年)の英題は「The Boy and The Beast」なのだそうだ。今回初めて「美女と野獣」によく似たシーンが登場するが、ただのオマージュに留まっていないのは竜=野獣の正体がハンサムな王子様などではなく、そこから本当のテーマが立ち上がってくるからだ。

「竜とそばかすの姫」パンフレット

「デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!」(2000年)とそれを深化・拡大した「サマーウォーズ」(2009年)と同様の舞台である仮想世界で、傷ついた竜の正体を知った主人公は現実世界で苦しむその正体の人間を助けるために奔走する。仮想世界でも現実世界でも世界を変革するにはちょっとした勇気が必要だ。映画はそんなことを語りかけてくる。

主人公は高知県の田舎町に住む女子高校生のすず(中村佳穂)。すずの母親はすずが幼い頃、増水した川の中州に取り残された少女を助けようとして亡くなった。その事故以来、父親と2人暮らしで、成長したすずは父親とまともに会話していない。好きだった歌も歌えなくなった。ある日、すずはパソコンに詳しい親友のヒロちゃん(幾田りら)に誘われ、50億人以上が集うネットの仮想世界<U>に参加する。<U>は現実の人間のキャラクターを元にした分身As(アズ)で別のキャラクターを生きることができる。すずのAsはベルという名の歌がうまい、そばかす美人だった。ベルは歌と美貌で人気を得てコンサートを開くが、そこに竜と呼ばれる謎の存在が現れ、コンサートを無茶苦茶にしてしまう。正義を名乗るAsの集団は執拗に竜を追い詰めていく。

近年の細田監督作品は家族をテーマにしている。この作品も終盤、「美女と野獣」を離れて家族の問題を描いていくことになる。すずの母親が少女を助けようとして死ぬ設定はなぜ必要だったのか。クライマックス、すずは自分の行動の過程であの時の母親の姿を思い出す。母親は危険を冒してでも少女を見殺しにすることなどできなかった。母親は自分を見捨てて少女を助けようとして、結果的に自分に寂しい思いをさせることになったと、すずは思ってきたのだが、自分が同じような立場になって初めて母親の決断を肯定することができたに違いない。それは母親を深く理解することであり、父親との和解にもつながっていく。そうしたすずの変化が胸を打つ。

3DCGを取り入れた<U>の造型は素晴らしく、アニメーションの表現は細部まで美しく丁寧だ。「美女と野獣」のアラン・メンケンほどではないにせよ、音楽も世界を豊かに彩っている。アニメの表現を突き詰め、テーマを十分に描いて間然とするところがない傑作だと思う。

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