It's Only a Movie, But …

シネマ1987online

接吻

2008年のキネ旬ベストテン9位の小池栄子主演作。殺人犯人に共感し、獄中結婚するヒロインを緊密なタッチで描く。「究極の愛が行き着いた、衝撃の結末」というのが映画のコピーで、僕は途中からこの話にどういう決着を付けるのかという興味で見た。ラストの一言によって、劇中に描かれてきたヒロインのこれまでの境遇や考え方がくっきりと浮き彫りになるのが見事。このヒロインの造型はルース・レンデルの気持ちの悪いヒロインが登場する小説を思わせる。レンデルの小説に登場するヒロインは世間の常識が通用しない異質の存在として描かれるのに対して、万田邦敏・珠実コンビの脚本はヒロインに寄り添っている。そこが大きな違い。ヒロインを突き放していず、ヒロインが殺人犯に抱いたような共感と理解が脚本の根底にもあるのだ。リアリティを重視する立場から見れば、小池栄子のようなスタイル抜群の女性を男が放っておくはずはなく、ヒロインのような境遇にはたぶんならないと思う。それでも小林信彦が「神がかり」と書いていた小池栄子の演技は十分な評価に値する。

これは何も知らずに見た方が良い映画で、ネタは割っていないが、未見の人は以下の文章も読まない方がいい。

白昼の住宅街で男が一家3人を金槌で殴り殺す。男の名前は坂口秋生(豊川悦司)。坂口は警察とマスコミに自分の犯行であることを告げ、逮捕される。その際に浮かべた笑みをテレビで見て、遠藤京子(小池栄子)は坂口の記事のスクラップを始める。坂口の生い立ちをノートに記録し、裁判を傍聴し、「あの人の声が聞きたい」と思うようになる。京子は坂口の国選弁護人・長谷川(仲村トオル)に接近し、坂口に差し入れし、手紙を書く。「あなたともっと早く知り合っていれば」。坂口は不遇な生き方をしてきたが、京子もまた家族とは疎遠で、職場では同僚から都合良く使われるだけの存在だった。京子は坂口の笑みを見て、自分と同類の存在であることを知ったのだ。

坂口と結婚した京子がそれを取材に来たマスコミに対して向ける笑みは坂口の笑みより怖い。それは京子自身が説明するように、自分をつまはじきにしてきた世間に対する宣戦布告を意味するからだ。京子の一途な考え方からすれば、ラストがこうなるのは当然と思える。このラストから浮かび上がるのは深い絶望感と疎外感の果てに行き着いた現在の京子の姿だ。万田邦敏のデビュー作のタイトルを借りれば、これは「UNLOVED」に生きてきた京子が思いを通した結末なのだ。一般常識から見れば京子の在り方は異質だが、そう仕向けたのは世間の方であり、京子にとっては世間の方が異質なのである。そしてその在り方は京子との交流を通じて人間性を取り戻す坂口よりも絶望的に凝り固まったものだ。

これがオリジナル脚本であることを高く評価したい。「UNLOVED」が見たくなったが、DVDは出ていない。その代わり、「UNLOVED」の小説『愛されざる者』が公開されている。

TOP