THE 有頂天ホテル
グランドホテル形式で描く都会的なコメディ。三谷幸喜の映画は評判になった「ラヂオの時間」(1997年、キネ旬ベストテン3位)も「みんなのいえ」(2001年)もそれほど感心しなかったが、これは素直に面白かった。数多くの登場人物を出し、細かいエピソードをつなぎ合わせる手腕はたいしたもので、西田敏行と香取慎吾と佐藤浩市が絡むエピソードなど、昨年11月22日の日記に書いた僕が考えるうまい脚本の例とほぼ同じである。
洪水のようなセリフとドタバタした慌ただしい展開の中で、ふっと立ち止まるシーン(例えば、ベッドの中で物思いにふけっているYOU)が効果的だ。大晦日のカウントダウン・パーティーに関わる人々はそれぞれにどこか現状に満足していない。その思いを解消していく終幕へのもって行き方がとてもうまい。「夢をあきらめてはいけない」「他人の目を気にするな」「自分らしく生きろ」という当たり前のことが当たり前にできていないからこそ、その言葉は僕らを元気づけてくれるのだろう。クスクス笑って、爆笑して、最後は心地よい気分になる映画。ホテルの中に限定した作りは演劇的な要素が強いけれど、同時にハリウッドの50年代の映画の雰囲気を備えたソフィスティケイトされた映画であり、映画マニアだからこそ作れた映画だと思う。三谷幸喜がこの映画の中で多数引用している過去の映画の断片や、さりげない伏線の数々はとても一度見ただけでは全部を見つけられないだろう。2度、3度見ても新たな発見ができるのではないか。
キネ旬1月下旬号の三谷幸喜と和田誠の対談によれば、三谷幸喜はこの映画を「火事の起こらない『タワーリング・インフェルノ』」として作ろうとしたという。そう言われてみれば、パニック映画には多数の登場人物が出てきて、災害に遭うことでそれぞれのドラマを展開させていくわけで、グランドホテル形式と似ている。映画は高級ホテル「アバンティ」の副支配人・新堂(役所広司)を主人公にして、カウントダウン・パーティーの準備を進めるホテルの従業員や宿泊客のさまざまな事情と次々に起こるトラブルをテンポ良く描いていく。主要登場人物だけで25人、描かれるエピソードはとても多くて、映画数本分の数が詰め込んである。早口のセリフで映画が進むので、ああこれは伏線をいくつも見逃しているだろうなという気分になるが、それは脚本の計算でもあるのだろう。観客に考える暇を与えないようなスピードで映画はどんどん進んでいく。だからこそ、それが止まるシーンの印象が強まることになる。
先に挙げたYOUは、本来は洋楽を歌いたいのに事務所の社長(唐沢寿明)から邦楽に変更され、しかもホテルに取り入るために新堂と一夜の関係を強要されることになる。ホテルのベルボーイ憲二(香取慎吾)は歌手の道をあきらめて故郷へ帰ろうとしている。国会議員の武藤田(佐藤浩市)は汚職疑惑でマスコミから追いつめられる日々。新堂はホテルマンとして優秀であるにもかかわらず、演劇をあきらめた過去にこだわっている。そうした人々が騒動の中で立ち止まって考え、自分の行く道を確認することになるのだ。ラスト近くにある役所広司と佐藤浩市の「いってらっしゃいませ」「帰りは遅くなる」という会話はだからこそしびれる。
三谷幸喜はこの多くの登場人物の画面には描かれない背景まで細かく設定しているのだろう。撮影現場での俳優のアドリブも多く、それを脚本に取り入れたそうだが、それはこうした設定がしっかりしているから出てくるのだと思う。この映画の中で多用されるワンシーン・ワンカットを僕は映画的な技術とは思わないが、それでもこの映画においては俳優の演技の持ち味を引き出す上で有効に作用していると思う。その効果で西田敏行のシーンはどれもおかしかった。
ぜいたくを言うなら、香取慎吾の歌う「天国うまれ」という歌にもっと魅力がほしかったところではある。これは佐藤浩市の心変わりの契機になる歌なので、ちょっと聞いただけで傑作というぐらいの歌を用意したいところなのだ。
【データ】2006年 2時間16分 配給:東宝
監督:三谷幸喜 製作:亀山千広 島谷能成 エグゼクティブ・プロデューサー:石原隆 佐倉寛二郎 脚本:三谷幸喜 音楽:本間勇輔 撮影:山本英夫 美術:種田陽平
出演:役所広司 松たか子 佐藤浩市 香取慎吾 篠原涼子 戸田恵子 生瀬勝久 麻生久美子 YOU オダギリジョー 角野卓造 寺島進 浅野和之 近藤芳正 川平慈英 堀内敬子 梶原善 石井正則 原田三枝子 唐沢寿明 津川雅彦 伊東四朗 西田敏行