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シネマ1987online

トウキョウソナタ

「トウキョウソナタ」チラシ

カンヌ映画祭「ある視点」部門で審査員賞受賞。ようやく見た。リストラされた中年男の家族をめぐる物語で、終盤に非日常的なことが家族それぞれに起こって、バラバラになった家族は再生に向かう。クライマックスのピアノのシーンで弾く手と音が合っていないのは興ざめなのだが、些細な欠点か。厳しい話をファンタスティックに語るところが黒沢清監督らしく、家族を描いてもマイク・リーほど厳しくならず、血の通った自然なユーモアに彩られているのがいい。小泉今日子は「空中庭園」に続いて、どこか憂いのある主婦を演じてうまい。キャスティングした監督にも「空中庭園」の好演が頭にあったのではないか。

46歳で総務課長から突然、リストラされる香川照之の立場が身にしみてよく分かる。この映画が海外でも評価されているのは父親のこうした立場にはどこの国でも共通するものがあるからだろう。香川照之はハローワークに行ったり、公園でホームレスに提供される食事配給の列に並んだりする。そこで同じくリストラされたかつての同級生(津田寛治)に再会する。同級生も失業を家族に言っていなかった。香川照之がリストラを家族に言えないのは家庭での威厳を保ちたいからで、父親としてどう振る舞っていたかは次男(井之脇海)が密かにピアノを習っていることを知った場面のむちゃくちゃで横暴な態度に表れている。

妻はそうした夫の本質を見抜いており、それがどこか憂いを感じさせる描写につながっているのだろう。家族は脆いもので、不協和音を奏で始めると、一気に崩壊していくものなのかもしれない。それが再生するのはそれぞれの非日常的な出来事によって日常の重要性を認識することになったからだ。酔いつぶれて「もう一度やり直したい」とつぶやく夫と、「ここからもう一度スタートしてやり直せるでしょうか」と言う妻。ともに再生の意志があるからこそこの家族は再生していくのだろう。

監督のインタビューによれば、オーストラリア人のマックス・マニックスのオリジナル脚本は父親と次男を中心にしたものだったという。それに監督が長男(小柳友)の米軍入りと母親を連れ去る泥棒(役所広司)の話を付け加えた。これで映画に変化が生まれたが、同時にややリアリティを欠くことにもつながっている。世界的な不況で派遣社員や契約社員が大量に解雇されている現状を考えると、リストラの話に絞り込めば、さらに現実を反映した映画になっていただろう。ただし、家族の再生というテーマは後退するかもしれず、難しいところだ。次男にピアノの「並外れた天才」の才能があったという設定は現実にはありにくいけれども、監督が言う「ある種の希望」を描くためには効果的だと思う。

香川照之が勤めていた会社は健康機器メーカーのタニタ。会社の実名を出すのは珍しいが、タイアップがあったのだろうか。それにしては劇中にタニタの製品は出てこなかったような気がする。小泉今日子が運転する車はプジョー207CC(クーペカブリオレ)。これは2回も出て来て、PR効果が大きい扱いだった。買いたくなった人がいるのではないか。

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