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シネマ1987online

東京マリーゴールド

「東京マリーゴールド」

「マユミさんと別れてよ。ねえ、別れてよ」。約束の1年が過ぎてもなお、タムラ(小澤征悦)と別れたくないエリコ(田中麗奈)が喫茶店でタムラに迫るクライマックスが圧巻である。鬼気迫る場面とはこういうことを言う。もともと田中麗奈の表情は少しきついのだが、顔のアップだけでここまでの迫力を出すには相応の演技力も要求される。女優の底力といったものが鮮やかに浮かび上がるシーンだ。そしてこの凄い場面の後に来る絶妙のエピソード。それまでの物語を180度違う観点から見直さなくてはいけなくなるようなエピソードが、映画の余韻をすこぶる心地よいものにしている。田中麗奈の硬質で直線的な演技を受ける小澤征悦の柔軟な演技と役の設定もいい。タムラは映画のコピーにあるような記号的に“ダメ男”といわれるような存在では断じてない。なぜ嘘をついたのか、結局泣き崩れなければならないのになぜ嘘をついてエリコと別れなければならなかったのか。もちろん結果的にタムラが行った仕打ちはひどいものなのだが、市川準は単純にタムラをダメ男とは描いていない。キャラクターのとらえ方が重層的なのである。淡々とした映画であるにもかかわらず、描写には深みがあり、これは市川準の作品の中でも上位に位置する出来だと思う。

契約社員の酒井エリコが合コンでエリート・ビジネスマンのタムラと出会う。酔っぱらったタムラを介抱したエリコにタムラは「携帯の番号もらってくれないか」と手渡す。なんとなく電話をかけたエリコはタムラとデートするが、そこでタムラにはアメリカに留学している恋人がいることが分かる。もう会うこともないと思っていたが、ある小劇場で偶然再会。タムラを本当に好きになってしまったエリコは「彼女が帰ってくるまでの1年間だけでいいから、わたしとつき合って」と言ってしまう。ここから1年間の期限付きの恋愛が始まる。この設定でいけば、ラストは別れるか、続けるかの2つしかない。2人の同棲生活を淡々と描きながら、映画もそのように進行するが、結末の後に描かれるエピソードによって映画は単なるラブストーリーを超えて、1人の女性の成長を描くものになった。スーザン・オズボーン「ラブ・イズ・モア・ザン・ディス」が流れる中、晴れ晴れとした表情を見せるエリコ。この表情は再びタムラと交際できるという希望から来るものではないだろう。失恋=挫折を乗り越えた喜びにあふれたものなのだと思う。

タムラにとって、エリコの「恋人いるの?」という質問に「いるよ…。このトシで普通の男だったら、たいていいるんじゃないか」と答えてしまったことが、不幸の始まりではあった。1年間の猶予があるわけだからそれを撤回する機会は何度もあったはずだが、結局タムラは最後まで本当のことを言えない。恐らく、タムラの嘘は過去の失恋の痛手を繰り返さないため、自分を防御するためのものなのだろう。ストレートなエリコに対してタムラは臆病で複雑なのである。もちろん、それがダメ男だと言われれば、それまでなのだが、僕はそう思わない。

市川準は東京のさまざまな風景を織り込みながら、男女の1年間の微妙な心の揺れ動きを描いている。登場人物は市川準のいつもの映画のようにボソボソとしゃべり、描写に力がはいっているわけでもないのだが、主演の2人の好演でタイトな映画に仕上がった。繰り返すが、田中麗奈は特筆に値する。「彼女の表情を見たくて、どんどんカメラが寄っていった部分も」あると市川準は語っている(キネマ旬報2001年5月下旬号)。それも当然だと思われる魅力にあふれているし、市川準が意図したようにこの映画で大人の女優の仲間入りを果たしたと思う。タイトルのマリーゴールドは1年で花を咲かせて散ってしまう1年草。期限付きの恋愛とかけているわけだ。同時に正社員になりたいと思いながら、1年間の契約社員であるエリコの境遇とも符合している。

【データ】2001年 1時間37分 配給:オメガエンタテインメント
監督:市川準 製作:塩原徹 小林栄太朗 横浜豊行 真塩〓嗣 原作:林真理子「1年ののち」 脚本:市川準 撮影:小林達比古 美術:間野重雄 音楽:周防義和 主題歌:スーザン・オズボーン「ラブ・イズ・モア・ザン・ディス」 劇中歌:螢「カゼドケイ」
出演:田中麗奈 小澤征悦 斉藤陽一郎 寺尾聰 樹木希林 石田ひかり 螢 三輪明日美 長宗我部蓉子

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