大河の一滴
五木寛之のエッセイと原案から新藤兼人が脚本化し、神山征二郎が監督した。このベテランコンビならまず死角はないと思えるのに、残念ながら映画の出来は芳しくない。小津安二郎風のホームドラマを中心にした脚本は、人生の愛と生と死をトータルに描こうという意図があったのかもしれない。しかし整理がついていない感がある。前半にある主人公の友人が恋人に金をつぎ込んで、店を潰し、自殺するという描写などは何のために描いたのか。南野陽子は好演しているのだけれど、映画の本筋に絡んでこないし、語り口が性急すぎる。後半の物語の焦点となるガンにかかった父親の生き方と、安田成美、渡部篤郎、セルゲイ・ナカリャコフの三角関係を最初から重点的に描くべきだったのではないか。不要と思える描写もいくつかある。映画が不本意な出来となった根底にはエッセイを映画化することの難しさがあるようだ。
加えて主人公を演じる安田成美の演技が誤算。この人、黙っていれば、まだ何とかなるが、セリフをしゃべり、身振り手振りが加わると、その硬さ、稚拙さにあきれるほかない。もっと自然な演技を身につけてほしいものだ。脇を固める三国連太郎や倍賞美津子らが自然体演技なので余計にそう感じられる。もう一人、相手役の渡部篤郎の演技は自然体とは言えないが、うまさを感じる。硬いセリフを普通の人間がしゃべる言葉に変換してしゃべっているよう。アドリブだろうが、うまいし、好感が持てる。
主人公・小椋雪子(安田成美)は29歳。東京で友人の川村亜美(南野陽子)が経営する輸入雑貨店で働いている。商品の買い付けにロシアへ行った際、ロシア人のガイド、ニコライ・アルテミコフ(セルゲイ・ナカリャコフ)と知り合う。ある日、東京の雪子にニコライから電話がある。ニコライはトランペット奏者でオーケストラのオーディションを受けるため、来日していたのだ。しかし、オーディションは不合格。そんな時、金沢に住む雪子の父親(三国連太郎)が倒れたとの知らせが届く。父親は肝臓ガンと肝硬変を併発していた。もって半年の命。父は手術をせず、今まで通り祖父から継いだ特定郵便局長としての仕事に打ち込む。金沢に帰ってきた雪子は幼なじみの榎本昌治(渡部篤郎)と相談し、金沢にあるオーケストラのオーディションにニコライを受けさせようとする(オーケストラがたまたまトランペット奏者を募集していた、というのはご都合主義的展開)。ニコライは昌治の家に泊まり、オーディションの準備をする。後半、際だってくるのは昌治の人の善さで、渡部篤郎の演技のうまさに加えて、実にいい役柄だと思う。
これに対して雪子のキャラクターにはどうもついていけない。「あたしやっぱり昌治と結婚するのかなあ」などと言いつつ、不法滞在で送還されたニコライに会いにロシアまで行くのに、昌治に同行するよう頼むのである。昌治は悩みながらも承諾をする。雪子がニコライの家の前でニコライの恋人を見るシーンはソフィア・ローレン「ひまわり」を何となく思い出したが、「ひまわり」の場合はあの後に厳しい場面を描いていた。この映画の場合は、ただあきらめるだけである。詰めが甘い。もしかすると、新藤兼人脚本は昌治を描くために、こういう主人公にしたのかもしれないとも一瞬思ったが、それにしてもこの主人公の性格設定はないだろう。神山征二郎は「わがままというのは心が純粋ということ」とパンフレットで語っているけれど、29歳にもなった女のわがままは迷惑なだけである。ニコライ役のセルゲイ・ナカリャコフは国際的に活躍するフランス在住のトランペッターらしい。これまた稚拙な演技というほかない。トランペットはできなくても本職の役者を起用すべきだったのではないか。
【データ】2001年 1時間53分 配給:東宝
監督:神山征二郎 製作:宮内正喜 見城徹 高井英幸 原作・原案:五木寛之 脚本:新藤兼人 撮影:浜田毅 音楽:加古隆 美術:中沢克己
出演:安田成美 渡部篤郎 セルゲイ・ナカリャコフ 南野陽子 倍賞美津子 三国連太郎 山本圭 馬淵晴子 犬塚弘 樋浦勉 橋本さとし 田山涼成 並樹史朗 安藤一夫 伊藤留奈 岩下寛 サーシャ・クリス アンナ・シミャーキナ