It's Only a Movie, But …

シネマ1987online

鉄拳

阪本順治監督のデビュー作「どついたるねん」はストレートなボクシング映画だった。実際の試合で瀕死の重傷を負った赤井英和をモデルにして、赤井自身が元気が良すぎて乱暴な主人公を演じた。大阪弁が耳に心地よく、アップテンポな展開で一気に見せられた。独特のユーモアを自在に織リ込みながら、しかも再起にかける男の心情と周囲の人情を十分に描き切っており、新人離れした演出だったと思う。第2作の「鉄拳」もボクシング映画かと思ったら、話は意外な方に展開していく。一言で言うと、変な映画である。構成のミスだと思うのだが、それでもけっこう面白い。阪本監督の描写には力があるからだろう。

ボクシングの好きな中年男(中本誠治=菅原文太)が才能のある若者(後藤明夫=大和武士)を見付けてボクサーに育てていく、という序盤はまるで「あしたのジョー」である。中本は林業会社の社長だが、道楽でボクシングジムも経営している。明夫は少年院帰リの粗暴な若者。ボクサーとなり、連戦連勝するまでの描写が簡単すぎて、雑な映画だなと感じ始めたころ、明夫は恋人の君子(桐島かれん)とドライブ中に交通事故に遭い、右手と左足に再起不能の重傷を負う。そして、病院を抜け出して行方不明。中本はその間に母親を亡くし、会社も部下の筒井(ハナ肇)に乗っ取られる。やがて再会した二人は山の中にリングを作り、トレーニングを続けて再起戦にかける。明夫の右巻には鉄の義手が付けられた。試合の日は迫ってくる…。

これがストレートに描かれれば、ボクシング映画としてまずまずの作品にはなっただろう。しかし、阪本監督は「どついたるねん」の二番煎じになることを嫌ったためか、まったく別の展開を用意する。中盤から登場する謎の集団が大きくクローズアップしてくるのである。監督のことばを借りれば、この集団は“「健全なる精神は健全なる肉体に宿る」に潜むウソを具現化した連中”である。身体障害者を“町を汚す者”として憎み、集団で襲撃する。義手を付けた明夫は襲われ、愛犬も殺された。明夫に義手の製作者(獣医というのがおかしい)を紹介した滝浦(原田芳雄)が殺されるにおよんで、中本は復讐を決意する。試合の当日、中本は集団の本拠に乗リ込み、明夫も試合を放棄して決闘の場へと駆け付ける。

クライマックスは砂が舞い、黄色い色調の画面。まるで異空間のような雰囲気の中で凄絶な戦いが続く。集団のリーダー平岡を演じるシーザー武志はシュートボクシングの創始者で現役の格闘技者、大和武士も現役ボクサー、このほかレスリングやテコンドーなどの選手が迫力のあるアクションを見せる。菅原文太も頑張っている。こうして「鉄拳」は「どついたるねん」のような再生の物語から破天荒な活劇へと変貌するのである。この収斂の仕方に評価は分かれるだろう。活劇を好きな人は支持するかもしれない。僕は意欲的な失敗作だと思う。ま、一口に失敗作といっても中身はいろいろあって、箸にも棒にもかからぬ失敗からこの映画のように非常に惜しい失敗もあるわけである。

それぞれのシーンの演出は本当にうまい。中本と明夫の再会や中本が復讐を決意する場面は大変ドラマティックに盛り上がる。硬軟合わせた阪本監督の力量は十分に発揮されていると思う。何より活劇シーンにサエがあり、だからこそ、この監督の第3作にも大きな期待が持てると確信するのである。こういう元気が出る映画をまた撮ってほしい。映画デビューの桐島かれんはそれほど重要な役ではないけれど、良かったです。(1991年1月号)

【データ】1990年 2時間8分 荒戸源治郎事務所
監督・脚本:阪本順治 製作:荒戸源治郎 撮影:笠松則通 美術:高橋章 音楽:梅林茂
出演:菅原文太 桐島かれん 大和武士 藤田敏八 原田芳雄 ハナ肇 萩原聖人 シーザー武志 大和田正春

TOP