It's Only a Movie, But …

シネマ1987online

なごり雪

「なごり雪」パンフレット

「または、五十歳の悲歌(エレジー)」とサブタイトルが付く。28年前、22歳で名曲「なごり雪」を作った伊勢正三も50歳。主演の三浦友和もベンガルも50歳だそうだ。確かにこの映画はそうした中年男たちの悔恨と苦渋に満ちた回想を描く映画でもあり、回想を終えた主人公は現在の孤独で空虚な日常を脱却するために「一生懸命に生きる」という気概を持つことになるのだが、こちらが感動するのは回想の中で描かれる青春のほろ苦さと残酷さ、純粋でひたむきな少女の姿にある。

雪がめったに降らない臼杵の街に雪が降るとき奇跡が起きると信じ、恋する人との約束を信じて春を待ちわびる少女。その姿を大林宣彦は鮮烈に描き出して見せた。同じく回想で描かれるチャン・イーモウ「初恋のきた道」とは正反対に、少女の思いは通じず、恋は実らなかったが、その懸命な姿にはやはり涙せざるを得ない。大林宣彦は素晴らしい映画を作ったと思う。「なごり雪」という名曲はこの映画を生むために28年前に生まれたのではないかとさえ思える。パンフレットで伊勢正三が「僕はまず『なごり雪』という歌を、こんなに大切に扱っていただいたことに感動しています」と話しているが、分かりすぎるぐらいによく分かる。日常生活のすべてを放り出して見る価値のある希有な傑作であり、もちろん、今年のベスト。

「妻が…、雪子が死にかけている。祐作、帰ってきてくれないか、臼杵に」。28年間連れ添った妻から逃げられ、戯れに遺書を認めようとしていた梶村祐作(三浦友和)に故郷の臼杵にいる水田健一郎(ベンガル)から電話がかかってくる。水田の言葉に動かされた祐作は新幹線から日豊線を乗り継いで28年ぶりに臼杵に帰る。雪子は交通事故に遭い、全身を包帯で巻かれ、病院のベッドに横たわっていた。そして祐作と水田は雪子と出会い、別れた日々を回想することになる。全編のハイライトは祐作(細山田隆人)を愛した雪子(須藤温子)が東京に帰る祐作を臼杵駅で見送る場面にある。雪子はここでこう言う。

「…わたし今は駄目だけど、来年の春までには、きっと綺麗になる。うんと綺麗になって、あなたを驚かせてあげるわ。…だから帰ってきて。…」

「…今度この駅のホームであなたと会う時、あなたは言うわ。きっと、こう言うわ。…春が来て君は綺麗になったって。…去年より、ずっと綺麗になったってね」

祐作は東京の大学に入って、2年目の夏休みに女友達のとし子(宝生舞)を連れて故郷の臼杵に帰ってくる。冬休みと春休みに帰らなかったのは大学生活が忙しかったからだと雪子に説明するのだが、ふとしたことで実はとし子とスキー合宿に行っていたことが雪子に分かってしまう。だからこのセリフの前に雪子はこう言っている。

「冬休みの事は、わたし諦めます。又志賀高原のスキー合宿でしょう。大学生活の為には、それも大切ですもの。でもお願い、春には帰ってきて。今度の三月でわたしは十七歳。わたしあなたに約束するわ。…」

雪子はとし子から祐作を取り戻したい一心でこのセリフを言うのである。大学1年の夏休みに祐作が帰ってきた時は夢に見るような幸福な日々だった。それがたった1年で変わってしまった。そんな思いが故郷で祐作の帰りを待ちわびる雪子にはあったのに違いない(この設定には「なごり雪」だけでなく、「木綿のハンカチーフ」のモチーフも入っていると思う)。雪子の思いが決定的に崩れるエピソード、祐作が故郷に戻らなくなる要因となったエピソードが実は誤解に基づくものであったということが終盤に分かる。この誤解が明らかになる時、映画は小さな奇跡を用意している。リアルに描かれる映画であるからこそ、このファンタスティックな場面が効いている。そして祐作は「違う、違う」と叫んだ雪子の真意を知った時、再生への勇気を得ることになる。

大林宣彦はこの映画でロマンティシズムの復権を図ったのだと思う。撮影に入って、2日目で米同時テロがあり、大林宣彦はこう決意したという。「だからこそ僕は『なごり雪』では穏やかでチャーミングな映像を撮ろうと思いました。『なごり雪』の映像を見れば、あんな破壊の映像なんか観たくないと、みんなに思わせるものにしようと」(キネマ旬報10月上旬号)。それはつまり、大林にとって初心に返るということでもあるのだろう。この映画の須藤温子は尾道3部作の第2作「時をかける少女」の原田知世のように素敵だ。物語が終わった後に描かれる4人の男女が臼杵駅に並んでいる場面で、須藤温子がカメラに向かって来る姿は「時をかける少女」の原田知世のように演出されている。

俳優たちのセリフ回しが実にいい。まるで増村保造の映画を見るよう(大林宣彦はセリフをぜんぶ朗読するように演出したそうだ)。これは言葉に重きを置いた映画なのである。その効果で増村映画の主人公にあった切実さをこの映画の登場人物たちも受け継ぐことになった。時代背景が70年代であれば、それも当然のことだ。ベンガルの若い頃を演じる反田孝幸のまるで山本周五郎の小説に出てくるようなキャラクターも含めて、役者がことごとく良く、この美しくて切なくて哀しい物語にリアリティを与えている。

【データ】2002年 1時間51分 配給:大映
監督:大林宣彦 製作:大林恭子 工藤秀明 山本洋 原案:伊勢正三「なごり雪」 脚本:南住根 大林宣彦 撮影:加藤雄大 音楽:學草太郎 山下康介 伊勢正三 美術:竹内公一 衣装:千代田圭介
出演:三浦友和 細山田隆人 ベンガル 反田孝幸 須藤温子 宝生舞 日高真弓 田中幸太朗 斎藤梨沙 長澤まさみ 津島恵子 左時枝 小野恒芳 大谷孝子 広瀬大亮 

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