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黒い家

「黒い家」

クライマックスに出てくる“黒い家”の内部のイメージは、「サイコ」や「羊たちの沈黙」のシリアル・キラー(連続殺人犯)の家を思わせる。まるで屠殺場なのである。これを見て、このストーリー、由緒正しいサイコパスの話なのだなと改めて思った。森田芳光監督らしくポップに軽く始まった映画は徐々に、その本性をあらわにする。事件の構造が分かった後にあるオマケ的な場面(だがなくてはならない場面)の圧倒的怖さは原作通りだ。大竹しのぶのもの凄い演技が、一歩間違えば、「13日の金曜日」のようなB級ホラーの陳腐さと重なる場面を救っている。原作にあった人間心理の探求は簡略化され、ホラーの側面が強調されているが、これは映画としては正しい判断だろう。邦画の数少ないサイコパス映画の中では最強の作品。シリアル・キラーの本場アメリカの作品に比べても決して見劣りしない。

生命保険会社の北陸支社に勤める若槻はある日、匿名の女から電話を受ける。「自殺しても保険金は出るの?」。女はそれを確認しただけで電話を切る。数日後、若槻を名指ししてクレームの電話が入る。電話をかけてきたのは菰田重徳(西村雅彦)。菰田の家に出向いた若槻はそこで菰田の息子の首吊り死体を発見する。菰田には仕草から異常性が見て取れ、得体の知れないところがあった。妻の幸子(大竹しのぶ)は一見まともだが、やはりおかしな部分がある。「保険金のために息子を殺したのでは」との疑惑が社内に持ち上がる中、菰田は連日、保険金の請求にやってくるようになる。疑惑を深めた若槻は菰田夫婦の前歴を探る。菰田夫婦は小学校時代の同級生。当時、その小学校では1人の少女が謎の死を遂げていた。菰田に疑いがかかったが、幸子がアリバイを証言したのだという。そして菰田には自分の指を切断して保険金をせしめた過去があることも分かる。「このままでは幸子も殺される」と心配した若槻は幸子に匿名で警告の手紙を出すが…。

和歌山の保険金殺人が発覚した時、「ああ、これは『黒い家』だ」と思ったものだが、この映画の犯人像は金目当てのほか、アメリカに多い快楽殺人の要素を加味している。日本にはあまりいないタイプの犯人像だから、へたをすると、絵空事になってしまいかねない。貴志祐介の原作はそこを保険会社内部のリアルな描写や異常心理に焦点を当てることによって、うまくクリアしていたのだが、映画は俳優の演技で乗り切ってみせる。やや作りすぎの西村雅彦に比べて大竹しのぶの演技のリアリティは相当なものである。大竹しのぶでなければ、できない役で、彼女の起用が決まった時点で映画は成功を約束されたようなものだっただろう。原作を読んでいるものにとって、映画は前半やや退屈だが、この演技の前では少しぐらいの傷には目をつぶってしまえる。

森田監督は黄色をイメージカラーとして使い、アップテンポに物語を進めていく。陰惨な話とは裏腹に音楽もアップテンポ。陰々滅々の話にせず、原作通りのエンタテインメントに仕上げた点はさすがである。

【データ】1999年 松竹配給 1時間53分 製作:「黒い家」製作委員会
 監督:森田芳光 原作:貴志祐介「黒い家」(角川文庫) 脚色:大森寿美男 撮影:北信康 美術:山崎秀満 音楽:山崎哲雄 
 出演:内野聖陽 西村雅彦 大竹しのぶ 田中美里 町田康 柱憲一 菅原大吉 佐藤恒治 小林トシ江 友里千賀子 鷲尾真知子 小林薫 石橋蓮司

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