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御法度

「御法度」

「男になぶられているうちに化け物になったな」。こうつぶやいた土方歳三(ビートたけし)は、そばにあった桜の木を一刀両断にする。夜桜がはらりと倒れる場面を完璧な構図でとらえて、映画は唐突に終わりを告げる。大島渚13年ぶりの映画「御法度」は新撰組に入隊した1人の美少年をめぐる隊員たちの衆道(男色)の確執を描く。池田屋事件のような大きな事件も起こらず、新撰組内部の話に終始、スケールとしては小さい。そのスケールに合わせたカタルシスがこの場面なのである。極めて的確なラストと思う。隊員の中で衆道趣味のない土方にとって、組織を揺るがす美少年の存在は魔物なのだ。大島渚は破綻のない演出で、主題を描ききった。しかし、この映画、ストーリーや主題よりもスタッフの一流の仕事の方に目を奪われる。栗田豊通の陰影に富んだ撮影をはじめ美術、衣装、音楽、殺陣、俳優の演技がどれも高いレベルでまとまっているのである。その意味でこれは映画の技術そのものを見るための映画とも言えるだろう。スタンリー・キューブリック「バリー・リンドン」のように器が中身を凌いだ好例と言えようか。

栗田豊通は脚本を読んで、「ベニスに死す」のセンで撮影することを提案したという。なるほどと思う。美少年が老教授の心を惑わす「ベニスに死す」とこの映画、構造的には似ている。「ベニスに死す」の場合、影響されるのは老教授だけだったが、「御法度」は数人の隊員を巻き込み、殺傷事件に発展する。その原因となる美少年・加納惣三郎(松田龍平)は隊員を選ぶ試合で剣の腕を見込まれて、田代彪蔵(浅野忠信)とともに入隊した。前髪をまだ落としていない18歳。隊長の近藤勇(崔洋一)もその美しさに興味を持った様子だ。田代は当初から惣三郎に惹かれ、布団に潜り込む。加納は断ったが、新撰組の中では「加納と田代はできている」との噂が立つ。同じく隊員の湯沢藤次郎(田口トモロウ)も加納に言い寄り、衆道の関係を結んでしまう。やがて湯沢の斬殺死体が発見される。以上が原作の「前髪の惣三郎」の部分。これに「三条磧乱刃」の話、つまり40代の隊員井上源三郎(坂上二郎)のエピソードを挟む。井上は近藤、土方とともに新撰組設立時からの主要メンバーだが、剣の腕はまるでない。井上と加納の剣の練習を見た浪人2人から嘲笑される。隊として見過ごすわけにはいかない、との判断で土方は浪人2人の始末を井上と加納に命じる。必死の捜索の末、加納は浪人の居場所を突き止め、井上とともに乗り込むが、逆に凄腕の浪人から太刀を浴びせられ、ケガをしてしまう。

はっきり言って「衆道の話だけだったらかなわないな」と思っていたが、このサイドストーリーを入れたことで、映画は幅を広げた。井上を演じる坂上二郎の飄々とした持ち味がいいし、浪人役の的場浩司も出番は少ないながら凄みのある面構えで強烈な印象を残す。後半に登場する監察役の山崎(トミーズ雅)のユーモアもまた映画の収穫だろう。こうした出演者の好演とワダエミの従来の新撰組観を払拭する衣装、坂本龍一の流麗な音楽、西岡善信の完璧な美術が相俟って、映画の印象は極めて豊かなものになった。剣の練習場面ほか、殺陣には迫力があり、チャンバラ映画としての魅力も併せ持つ。急いで付け加えておけば、そうした個々の技術をまとめ上げていくことも監督の手腕がなければ始まらない。

故松田優作の長男松田龍平は真意を明らかにしない役柄のせいもあってミステリアスだ。僕はストーリーが進むにつれて、この若者は新撰組を瓦解させるために入隊したのでは、と裏読みしたが、これは土方のセリフ通りの役だった。他の出演者もそれぞれに適役である。主要登場人物の中で唯一まともなビートたけしは儲け役ではあるが、真っ当な演技を見せる。崔洋一監督もこんなにうまいとは思わなかった。十分に役者としてやっていけると思う。

【データ】1999年 1時間40分 企画・製作:大島渚プロダクション 製作・配給:松竹 
監督:大島渚 原作:司馬遼太郎「新撰組血風録」(「前髪の惣三郎」「三条磧乱刃」) 脚本:大島渚 撮影:栗田豊通 美術:西岡善信 衣装デザイン:ワダエミ 音楽:坂本龍一
出演:ビートたけし 松田龍平 武田真治 浅野忠信 的場浩司 トミーズ雅 崔洋一 坂上二郎 伊武雅刀 桂ざこば 神田うの 田口トモロウ 藤原喜明 吉行和子

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