AIKI
例えば、病院で同室の火野正平から「おまえよー、1年生きてみろよ。1年たってもまだ自殺したいなら、俺は止めないよ」と言われた主人公の加藤晴彦が1年たってもまだ飲んだくれていたり、合気柔術を習った後に、かつてボコボコにされた3人組のチンピラに再会した主人公が再びボコボコにされたり、バイアグラの2倍効くというバイバイアグラを飲んだのに肝心のところで役に立たなかったりという風に映画は少しずつ定石を外している。
それにもかかわらず、交通事故で下半身マヒの身の上となった青年が合気柔術を通じて再起するという前向きな話の大筋だけはその軌道をまったく外してはいない。「どうせこうなるだろう」という観客の予想を裏切るのは、ありきたりの展開にしないための工夫であり、小さな場面での定石の外し方は実は観客への大きなサービスなのである。だから感動の押しつけをするようなタワケタ部分がこの映画には微塵もない。
いったんは挫折した人間が回復していく過程を描いて普遍性があるのである。この青春映画として見事な脚本を火野正平や石橋凌や桑名正博やともさかりえや原千晶や、もちろん主演の加藤晴彦が生き生きと演じており、映画の充実度は極めて高い。前半で障害者のリアルな日常と落ち込んだ精神状態を描きつつ、ユーモアをたくさん挟んで一流のエンタテインメントに仕立てた天願大介監督の手腕は大したもので、キネ旬ベストテン5位にも納得である。主人公がゆっくりと再起へ向かう姿がとてもいい。元気の出る映画であり、気分良く映画館を出られる映画だと思う。
主人公の芦原太一(加藤晴彦)が合気柔術を習うのは、かつてはボクサーとして有望だったのに、障害者となって街で出会った3人組にあえなくボコボコにされたためだ。ボクシングは腹筋が弱っているのでもうできない。柔道も空手も車いすの太一を相手にしてくれない。神社の境内で披露された古武術の中で、座って相手を投げ飛ばす合気柔術の演舞を見て、太一はその先生・平石(石橋凌)に入門を申し出る。石橋凌がしなやかに穏やかに演じるこの平石という男は映画の大きなポイントで、後半のスポーツ映画的展開に深みを与えている。合気柔術がすべての格闘技の中で最も強いかと言えば、そんなことはないと思う。そんなことはないと思うが、映画の中では最も理にかなったものであり、やがて太一は強くなることだけが目的ではなくなってくる。相手を受け入れることがまず必要な合気柔術の精神は事故によってすべてを拒絶して殻に閉じこもっていた太一の目を開き、その再起と無理なく重なっている。
天願大介は言うまでもなく今村昌平の息子だが、父親とはまったく違う作風だ。いやイマヘイの映画にもユーモアはあふれているのだが、あの粘っこい描写は見当たらず、作風にさわやかさを感じるのである。どこかアメリカナイズされたところがあり、これが劇場映画2作目(1作目はドキュメンタリーだったから劇映画は初めて)とはとても思えないほど洗練されている。父親の作品4本で脚本を務めたことがかなり勉強になっているのではないか。出演者は端役に至るまでみな魅力的だが、特に太一が立ち直るきっかけとなるギャンブラーのサマ子を飄々と演じるともさかりえは初めて大人の女の良さを引き出されたのではないかと思う。「下半身マヒの世界へようこそ」と言う火野正平と弱いものいじめが嫌いなテキヤを演じる桑名正博も絶妙のおかしさである。脚本が良くできていて、役者のアンサンブルが素晴らしければ、映画が面白くなるのは当然なのだった。
【データ】2002年 1時間59分 配給:日活
監督:天願大介 製作総指揮:中村雅哉 企画:猿川直人 製作:伊藤梅男 石川富康 岡田真澄 高野力 長澤一史 長橋恵子 脚本:天願大介 撮影:李似須 音楽:めいなCo. 浦山秀彦 熊谷陽子 美術:稲垣尚夫
出演:加藤晴彦 ともさかりえ 原千晶 木内晶子 石橋凌 火野正平 桑名正博 清水冠助 佐野史郎 余貴美子 永瀬正敏 田口トモロウ 松岡俊介 ミッキー・カーチス