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アカシアの道

「アカシアの道」

アルツハイマー病にかかった母親(渡辺美佐子)と娘(夏川結衣=「陰陽師」)の物語。痴呆の母の介護という現実的な問題を扱った映画でもあるのだが、それ以上にこれは松岡錠司監督(「バタアシ金魚」)が言っている通り、母と娘の葛藤の物語になっている。回想で描かれる娘の小学生時代の描写に心が痛む。娘を生んですぐに離婚した母親は教師をしながら一人で娘を育てるが、娘への態度は氷のように冷たく、しつけには異常に厳しい。友達が来て騒げば、頬をぶたれる。狭い団地で「お前なんか生まなけりゃ良かった」という言葉を投げつけられる。ほとんど虐待に近いとも言えるこの環境は娘にとって地獄だっただろう。原作者の近藤よう子は親の立場からの児童虐待をテーマにした漫画を描いた後、その裏返しでこれを描いたのだそうだ。逃げ場がない環境での虐待は悲惨としか言いようがない。「お前のためを思って」という言葉とともに押しつけられる親の理想ほど、子どもにとって迷惑なものはないのだ。

娘が高校卒業後、家に寄りつかず、編集の仕事をしながら一人で生活しているのも当然なのである。しかし娘は母の痴呆症状の連絡を受け、団地に帰って来ざるを得なくなる。母親の痴呆は徐々に進み、記憶が混乱し、必然的に以前のように罵詈雑言を浴びせられる。徘徊して家に戻れなくなる、アイロンをつけたままにする、火事になりそうになる。その一方で娘の恋人(杉本哲太)は母親がアルツハイマーと知って離れていく。介護を頼もうと思っても、公的介護は順番待ち。民間に頼めば費用がかかる。そんな風に主人公は追いつめられていく。娘は叔母(藤田弓子)から母親がすぐに離婚したのはその前に大きな失恋があったためらしいと聞かされる。父親との結婚もその反動だったらしい。それと子どもに対する虐待とは次元の違う話なのだが、人間の心理はそう簡単ではない。

虐待と介護。どちらも結論を出しにくいテーマなので、ラストの処理も難しい。映画は後半、父親を殺しそうになった青年(高岡蒼佑)を登場させ、母親とほのかな交流をさせることで、息詰まる親子関係の変化の兆しを描く。この青年の扱いが今ひとつで、1年後への場面転換もやや唐突な感じを受けるのだが、破綻した家族の再生への道筋を松岡錠司は示したかったのだろう。主人公はラスト、「私、小さい頃、こうやってお母さんに手を握ってもらいたかったの。お母さんは握ってくれなかったけど、私は握ってあげる」と、痴呆の進んだ母親に語りかける。穏やかな親子関係への変化を示唆して映画は終わる。

ストーリー的には必ずしも穴のない作品ではないと思う。それをあまり感じさせないのは描写に力があるからだ。母親のビールしか入っていない冷蔵庫、夫と子どもの微笑ましい光景にかぶさる幼なじみの「あの人浮気しているの」という言葉、母親の世話をやんわりと断る近所の主婦の描写など細部にいちいち説得力がある。松岡錠司監督は重いドラマを緊密に演出し、ただの介護問題啓発映画などにはしなかった。渡辺美佐子は当然のことながらうまく、夏川結衣も好演している。

【データ】2000年 1時間30分 配給:ユーロスペース
監督:松岡錠司 製作:堀越謙三 松田広子 原作:近藤よう子 脚本:松岡錠司 撮影:笠松則通 美術:磯見俊裕 衣装:宮本まさ江 音楽:茂野雅道
出演:夏川結衣 渡辺美佐子 杉本哲太 高岡蒼佑 天光真弓 りりィ 小沢象 小林麻子 高倉香織 藤田弓子 坂口美樹 原未来 平塚摩耶

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