陰陽師
野村萬斎に尽きる映画である。恐らく、ほかのキャスティングでは随分安っぽい映画になっただろう。SFXに見るべきものがあるわけでもなく、ストーリーに斬新さがあるわけでもなく、美術にも撮影にも演出にも水準以上のものはない。しかし、野村萬斎の存在は際だっている。平安時代の陰陽師・安倍晴明の妖しさと不気味さと強さを微妙に織り交ぜた存在として演じており、独特のセリフ回しや立ち居振る舞いに感心させられた。原作者の夢枕獏が当初から主人公に想定したというだけあって、これ以上のキャスティングは望めなかっただろう。滝田洋二郎作品としては珍しく明るいエンタテインメントにはなっていず、おどろおどろしさに満ちた映画だが、それが魅力にもなっている。海外のエンタテインメントに比べて惜しいのは陰陽師同士の対決となるクライマックスにSFXが炸裂した場面がないこと。物語を締め括るこの場面に十分なSFXと十分なカタルシスがあれば、満足度はもっと上がっていたのではないかと思う。SFXに関しては全体的に悪くはないが良くもないというレベルで、どうも物足りなさが残る。
今から1200年前、桓武天皇は謀反の疑いで弟の早良親王を殺す。その祟りを恐れて長岡京を捨て、新たに平安京に遷都する。それから150年後の平安時代が背景。都には鬼や妖怪が跋扈しており、それを鎮めるために陰陽師と呼ばれる者たちが活躍していた。安倍晴明(野村萬斎)はもっとも名高い陰陽師だった。その晴明に源博雅(伊藤英明)が中納言の家に生えた奇怪な瓜の正体を暴くよう依頼に来る。晴明は瓜には呪(しゅ)がかかっているとして、簡単に原因を取り除く。ここから晴明と博雅の交流が始まる。そのころ、宮廷では天皇の跡継ぎをめぐって権力争いが秘かに進行していた。左大臣の娘に天皇の子どもが生まれたことで右大臣(柄本明)は苛立ち、陰陽師の道尊(真田広之)を使い、子どもに呪をかける。晴明はそれを救うが、再び、道尊は早良親王を甦らせ、都を滅ぼそうとする。晴明と博雅、そして早良親王の墓を守ってきた不老不死の女・青音(小泉今日子)は必死にそれを阻止しようとする。
「帝都物語」や「魔界転生」など日本製伝奇SFに共通するのは雰囲気が重たくなってしまうことで、根が明るい映画の多い滝田洋二郎監督をもってしてもその呪縛からは逃れられなかった。急いで付け加えておくと、この映画は「帝都物語」よりも「魔界転生」よりも良い出来だし、去年の同じ時期に公開され、一部に同じモチーフを持つ「五条霊戦記」よりも相当良い出来である。残念なのは源博雅を演じる伊藤英明に野村萬斎に負けないキャラクターがないこと。明るくてどこか抜けているが、正義感は強いこのキャラクター、超人と常人、陰と陽を際だたせる役回りで狂言回しでもある。重要な役なのだが、伊藤英明は野村萬斎の迫力に大きく負けている。だから、晴明がなぜ博雅を特別視するのか伝わらないし、2人のホモセクシュアル的な友情関係にもいまいち説得力がない。
これは道尊(なぜ都を滅ぼそうとするのか、よく分からない)を演じる真田広之にも言えることで、いくら熱演していても、野村萬斎とは演技の質が決定的に違うので、対抗できないのである。やはり役者自身が持つ雰囲気は大事なのだなと思う。野村萬斎は映画は黒沢明「乱」以来の出演という。もっと映画に出すべき俳優ではないか。
【データ】2001年 1時間56分 配給:東宝
監督:滝田洋二郎 製作総指揮:植村半次郎 企画:近藤晋 製作:原田俊明 気賀純夫 瀬崎巌 江川信也 島谷能成 原作:夢枕獏 脚本:福田靖 夢枕獏 遠谷信幸 音楽:梅林茂 キービジュアル・コンセプト・デザイン&衣装デザイン:天野喜孝 撮影:栢野直樹 美術:部谷京子 VFXエクゼクティブ:二宮清隆
出演:野村萬斎 伊藤英明 小泉今日子 今井絵理子 夏川結衣 宝生舞 矢島健一 石丸謙二郎 石井愃一 螢雪次朗 下元史朗 木下ほうか 国分佐智子 八巻建弐 萩原聖人 柄本明 岸部一徳 真田広之