It's Only a Movie, But …

シネマ1987online

おもひでぽろぽろ

原作にある昭和40年代の少女の話よりも高畑勲監督が新たに付け加えた現在の話の方がグッとこたえる。前作「火垂るの墓」のようにりアルな作画もさることながら、取り上げたテーマもキャラクターの造形も実写を超えた出来だ。完成度の点では「火垂るの墓」を超えてはいないけど、極めて映画的で素晴らしいラストシーンには久しぶりに強く心を揺さぶられた。

27歳のOLタエ子が小学5年生の自分を連れて旅に出る。映画の中での現在は昭和57年だから、タエ子は昭和30年生まれらしい。旅の行く先は義兄の実家である山形。東京生まれのタエ子にとってほしくてたまらなかった田舎だ。旅の途中、そして山形に着いてからも、タエ子は小学5年生の頃のいろいろな思い出を反芻する。それは「ひょっこりひょうたん島」であったり、夏休みに行った熱海の温泉であったり、ほのかな恋心であったりして、その年代の女の子に普遍的なものである。原作の「おもひでぽろぽろ」の世界であるわけだが、年代が自分に近い女の子の話であっても、それだけならノスタルジーに終始してしまい、映画的な広がりはなかったことだろう。

高畑勲は演出ノートの中に、そうしたノスタルジー(レトロ気分)は現代人が生きていくうえである種の精神安定剤になっていると認めながらも、こう書いている。「しかし、レトロ気分を満たすために我々は映画を作りたいとは思わない。むしろその逆である。レトロ気分によってきたるところを、私たち現代人の自己確立のむつかしさと考えるからには、その傾向を助長することに組みしたくはない」。そこに現在のタエ子を置き、切実なドラマを展開させることで高畑勲は閉鎖的な物語を打破することに成功した。例えば「スタンド・バイ・ミー」のように現在の主人公が昔を懐かしがっているだけの映画とは一線を画しているのである。

現在のタエ子は仕事志向でもないのに、お見合いの話にも乗れない。気が付いたら20代後半になっていたOLである。今の生活に行き詰まりを感じていると言ってもいいだろう。山形で紅花の収穫を手伝うことは、タエ子にとって息抜きでもあった。山形の生活を続けているうちにタエ子は遠い親戚の農業青年トシオと親しくなる。トシオはタエ子より年下だが、タエ子の苦い思い出にズバリと解答を与えるなど、深い考察力を持つ。自然に生きている分、タエ子より大人なのである。二人が親しくなったことは傍目にも分かって、タエ子はおぱあちゃんから「トシオの嫁に」と言われることになる。そこからの展開に実に深みがあって、捻らされてしまう。息抜きのはずだったものが日常になるとなれば、深く悩むのは当然で、高畑勲はそれを十分に描きながら素敵なラストシーンにつないでいくのである。

田舎の生活は恐ろしくリアルな作画がなされ、綿密な取材があったことをうかがわせる。脚本も十分に練られている。いくつかの場面を除けば、これは実写で撮っても差し支えない作品である。箸にも棒にもかからぬ新人監督が跋扈する日本映画界だから、「火垂るの墓」やこの映画を見たプロデューサーが高畑勲に実写を撮るよう勧めてもおかしくないし、将来高畑勲自身が実写を撮ることを試みても何ら不思議ではない。「おもひでぽろぽろ」のようなしっかりした作品が実写の方にもなくてはならないと本当に思う。アニメーションの作り手に優秀な人材が揃っているとはいっても、実写がそれに後塵を拝するぱかりの現状は情けない。(1991年9月号)

【データ】1991年 1時間59分 徳間書店=日本テレビ=博報堂
監督・脚本:高畑勲 製作:宮崎駿 原作:岡本螢 刀根夕子 キャラクターデザイン・作画監督:近藤喜文 作画監督:近藤勝也 佐藤好美 美術:男鹿和雄 音楽:星勝
声の出演:今井美樹 柳葉敏郎 本名陽子 寺田路恵 伊藤正博 北川智絵 山下容莉枝 三野輪有紀

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