2002年日本映画ベストテン総評

キネマ旬報ベストテン第1位をはじめ、2002年の映画賞を総なめにした感のある「たそがれ清兵衛」がシネマ1987でも1位となった。東北地方の下級武士で、貧しいが剣の腕は立つ清兵衛(真田広之)が主人公。長患いの末に妻は亡くなり、清兵衛の家には多額の借金が残った。飲みに誘われても断るので同僚から「たそがれ殿」と揶揄されている。映画は前半、清兵衛の家のつつましい暮らしを詳細に語り、幼なじみの朋江(宮沢りえ)との淡い交流を描き出す。山田洋次監督は清兵衛の姿に現代のサラリーマンを重ね合わせており、描写の一つひとつに深い感銘を受ける。脚本の完成度は相当高く、技術的にも感心させられる部分が多かった。

2位は中学生のいじめをテーマにした岩井俊二監督「リリイ・シュシュのすべて」。いじめ、恐喝、レイプ、万引きと衝撃的なストーリー展開である。ただ、個人的には嫌いな映画なので多くを語りたくない。岩井俊二に欠けているのは故笠原和夫のようなジャーナリスティックな姿勢なのだと思う。題材をそろえただけで、その対象に深く迫っていかない手法は見ていてもどかしい。

実話を基にしたのが4位「突入せよ!『あさま山荘』事件」、5位「KT」、12位「陽はまた昇る」。個人的に一番面白かったのはビクターのVHS開発を描いた「陽はまた昇る」で、左遷されたサラリーマンたちの意地を正攻法に描き出した。浪花節的であるのは分かっているのだが、目頭を熱くさせる描写が多かった。助監督を10年務めた佐々部清監督の手腕は確かだ。「あさま山荘」と「KT」はどちらも力作。不満なのは思想的・政治的背景をオミットしていることで、事件が事件だけにエンタテインメントとしての手腕だけでは傑作には成り得ないのだと思う。

桐野夏生の原作を映画化した「OUT」が3位。原作の後半部分を大きく変え、中年女性の自立の話にした脚本が見事だった。死体解体ビジネスという凄惨な話なのに見終わった印象はさわやか。原田美枝子や倍賞美津子らの好演が光る。

6位は同点で「なごり雪」と「ピンポン」。「なごり雪」は伊勢正三の歌をモチーフにして、大分県臼杵市を舞台に青春の一こまを描く。50歳の主人公が過去を振り返る形で物語は進行するが、単なるノスタルジー映画ではない。少女の純粋な思いに泣かされた。「ピンポン」は松本大洋の原作を新人の曽利文彦監督が映画化した。大方のスポ根映画が描くような落ちこぼれが勝っていく快感とは別次元のところで物語は成立しており、これはヒーロー待望の話だった。主演の窪塚洋介をはじめ、ARATA、サム・リー、中村獅童、大倉浩二ら原作のイメージに近いキャラクターがそろっていた。

8位に入った「美しい夏キリシマ」はえびの市出身の黒木和雄監督が故郷を舞台に初めて撮った映画である。1945年の8月を監督自身がモデルである15歳の少年の目を通して描く。終戦間近の日本の田舎の風景とそこに住む人々を描いて充実しているが、主題が監督に近すぎたためか、傑作「祭りの準備」には及ばなかった。

10位の「WXIII 機動警察パトレイバー」はシリーズ第3作。このシリーズは毎回、レベルが高い。監督は前2作の押井守から高山文彦に変わり、脚本も伊藤和典からとり・みきにかわったが、レベルの高さは維持されており、怪獣をめぐる人間ドラマとして見せた。アニメといえば、「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦」(11位)も力作ではあるが、前作「オトナ帝国の逆襲」ほどの出来にはならなかった。

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2002年外国映画ベストテン総評

アメリカ、フランス、ニュージーランド、スペイン、中国、スロヴェニア…。ベストテンに入った作品は製作国だけを見てもバラエティーに富むものになった。アメリカ映画の公開作品がやはり圧倒的に多いにしても、こうしたさまざまな国の映画を見ることはやはり有意義なことだと思う。

そんな中で1位になったのが「子連れ狼」をヒントにしたグラフィック・ノベルを「アメリカン・ビューティ」のサム・メンデス監督が映画化した「ロード・トゥ・パーディション」。アイルランド系マフィアに追われ、「破滅への道」を歩むことになる父と息子の物語を高い技術で語っていく。メンデスは舞台の演出家出身なのに映画的な技法を駆使しており、ドラマの構成は緊密かつ情感のこもったものになっていた。主演のトム・ハンクスは相変わらずの好演。マフィアのボスを演じるポール・ニューマンの渋い演技と親子を追い詰める殺し屋役ジュード・ロウの怪演にも目を見張る。

2位の「アメリ」は「エイリアン4」のジャン=ピエール・ジュネがフランスに帰って撮った作品。空想好きでいたずら好きなアメリ(オドレイ・トトゥ)の恋の物語をジュネ監督らしいタッチでコミカルに描き、女性の支持を集めてヒットした。

3位の「ノー・マンズ・ランド」はボスニア・ヘルツェゴヴィナを舞台に戦争を強烈に風刺して、アカデミー外国語映画賞を受賞した。ボスニアとセルビアの中間地帯(ノー・マンズ・ランド)に取り残されたボスニア軍兵士とセルビア軍兵士の一触即発の駆け引きをユーモアを交えて描く。長編劇映画は初監督のダニス・タノヴィッチが緩急自在の演出を見せた。

ただ、戦争を題材にした映画としては個人的には10位「プロミス」の方に大きな感銘を受けた。イスラエルとパレスチナの子どもたちを取り上げたドキュメンタリーで、アメリカのユダヤ人監督が長期間にわたって丹念に双方の子どもたちを取材している。死と戦争の恐怖にさらされた子どもたちが発する言葉には一つ一つに重みがあり、激しく心を揺れ動かされる。タイトルのプロミス(約束)が実現する場面の奇跡的な幸福感には涙、涙である。イスラエルとパレスチナの和平には大きな困難があるし、その道筋さえ見えないのが現状だが、こうした子供たちの姿を見ていると、希望はあると思えてくる。

4位「メメント」と5位「マルホランド・ドライブ」は凝ったストーリー・テリングを楽しめた。「メメント」は10分間しか記憶がもたない主人公(ガイ・ピアース)の迷宮世界をサスペンスフルに描く。最初の場面が話としては最後の場面で、そこから映画は物語を遡っていく。大きな謎と小さな謎が絡まって、観客は主人公同様、迷宮世界をさまようことになる。クリストファー・ノーランの脚本の勝利と言える。ノーランの作品はアル・パチーノが不眠症の刑事を演じる「インソムニア」も公開された。これも良くできた映画ではあるが、「メメント」の斬新さには到底及ばなかった。

「マルホランド・ドライブ」はデヴィッド・リンチ監督のミステリー。事故で記憶をなくした女(ローラ・ハリング)と、女優を夢見てハリウッドの叔母の家にやってきたベティ(ナオミ・ワッツ)が出会い、これまた迷宮世界をさまようことになる。前作「ストレイト・ストーリー」のストレートな作風とは打って変わって、リンチ本来の魅力が満載されている。全編に散りばめられたリンチらしいエキセントリックな登場人物と小道具(これが大きな魅力)が本筋を分かりにくくしているが、プロットを突き詰めると、これは真っ当なミステリーである。主演のナオミ・ワッツはこれでブレイク。「リング」をアメリカでリメイクした「ザ・リング」でも魅力的な演技を見せた。

「乙女の祈り」という傑作があるにせよ、スプラッター系のB級映画監督と見られていたピーター・ジャクソンの評価を一変させたのが6位「ロード・オブ・ザ・リング」。J・R・R・トールキンの大長編ファンタジー「指輪物語」を力業の演出で見事に映像化した。中盤からは見せ場の連続で、怒濤のアクションを最後まで持続させる技量には感心させられた。見事なくらいに正攻法な映画であり、VFXよりも長大な物語を語るのだという決意と原作への敬愛が画面から感じられる。

これとは反対にVFXがドラマを凌駕してしまったのが「スター・ウォーズ エピソード2 クローンの攻撃」(18位)だ。クライマックスの戦闘シーンは確かに見応えがあり、前作「ファントム・メナス」よりも完成度は高まったものの、前半のアナキン(ヘイデン・クリステンセン)とパドメ(ナタリー・ポートマン)の見ている方が気恥ずかしくなるようなロマンスの描写が大きくマイナス。ジョージ・ルーカスは物語を語る技術を忘れてしまったのではないかと思えてくる。

7位「山の郵便配達」は中国・湖南省の山岳地帯の集落に郵便を配達してきた父親と、それを引き継ぐことになった息子の話。初めて配達に行く息子とそれに付き添う父親の姿を通して、親子の本当の理解と家族の関係を情感を込めて描き出す。ポン・ヂェンミンの原作は42ページしかない短編だが、脚本はこの小説を驚くほど豊かに膨らませており、監督のフォン・ジェンチイがそれに輪を掛けて丁寧に情感たっぷりに描いている。映画は間違いなく小説以上の出来である。

昨年のアカデミー作品賞を受賞した「ビューティフル・マインド」は8位に入った。ノーベル賞を受賞したジョン・フォーブス・ナッシュ・ジュニア(ラッセル・クロウ)とその妻(ジェニファー・コネリー)の物語をロン・ハワード監督がかつてのハリウッド映画を思わせるタッチで仕上げた。脚本はアキバ・ゴールズマン。精神分裂病を描きながらスパイ映画さながらの中盤の展開は自由な空想にあふれていて、まずエンタテインメントとして充実していた。

9位の「アザーズ」は「オープン・ユア・アイズ」のアレハンドロ・アメナーバル監督作品。霧に包まれた古い屋敷を舞台に正体不明の他者の恐怖に脅える母子をサスペンスたっぷりに描く。アメナーバル監督はミステリアスで端正な感じを与える悲劇的なホラー映画に仕立てた。それを支えるのが主演のニコール・キッドマンで、キッドマンの美貌はこういうゴシックホラーにぴったりだった。主演がキッドマンでなければ、映画の面白さは随分損なわれただろう。

「プロミス」と同点で10位に入った「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」はロックに彩られた“男と男のラブストーリー”。監督・脚本・主演はジョン・キャメロン・ミッチェル。ケバイ化粧のロック歌手ヘドウィグが本当の愛を追い求める姿をブラックなユーモアとアニメーションも取り入れて描く。全編に流れる音楽が素晴らしく、ヘドウィグが段々美しく見えてくる。

ベストテンには入らなかったが、ジム・キャリー主演の「マジェスティック」(16位)も個人的にはお気に入りの作品。1950年代のアメリカの片田舎の町を舞台に赤狩り時代の世相を描いた。フランク・ダラボンの演出はフランク・キャプラ映画を思わせ、普通の人たちが勇気と希望を取り戻す物語として、そして正義と真実が勝利する物語として脚本には迷いがなかった。

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