男女の愛を軸にしたサスペンスを描き続けた作家ウィリアム・アイリッシュ(コーネル・ウールリッチ)の原作「暗闇へのワルツ」の2度目の映画化。ちなみに一度目はフランソワ・トリュフォー「暗くなるまでこの恋を」(1969年、フランソワ・トリュフォー監督)で、ジャン=ポール・ベルモンドとカトリーヌ・ドヌーブが共演した。今回はアントニオ・バンデラスとアンジェリーナ・ジョリーの激しい愛の顛末を描く。R-18指定だが、それほど大した描写はない。
19世紀後半のキューバが舞台。コーヒー会社を経営するルイス・バーガス(アントニオ・バンデラス)は愛など信じない男で、新聞の交際欄を通じて知り合ったアメリカ女性と一度も会わずに結婚を決める。船から下りたジュリア・ラッセル(アンジェリーナ・ジョリー)は写真とは異なる美しい女だった。「外見で判断しないよう試した」と話すジュリアだったが、ルイスも自分が会社社長であることを偽っていた。2人はすぐに結婚、ルイスは情熱的なジュリアに夢中になる。ある日、ジュリアはルイスの預金を全額引き出し、結婚指輪を置いて姿を消す。ジュリアの姉に依頼された探偵ダウンズ(トーマス・ジェーン)はルイスの妻は本物のジュリアを殺し、すり替わっていたのだと話す。絶望と憎悪に駆られたルイスはダウンズとともにジュリアを捜し始める。
ミステリなのでこれ以上は書かないが、映画は中盤でネタをばらし、その後はルイスとジュリアの愛の逃避行を描いていく。ちょっとヒッチコックを意識したのかと思える構成ではある。しかし、例えばプロットが似ているヒッチコック「めまい」に比べると、どうも主演の2人に切実さが足りないように思う。アンジェリーナ・ジョリーは個性的な美人ではあるが、だれもが認めるハッとするような美人とは言えないだろう。だから、2人の初対面の場面がなんだか落ち着かない。ファム・ファタール(宿命の女)を演じるには少し若いような気もする。ミステリアスな雰囲気に欠けるので、偽りの愛が本物の愛に転化する過程の説得力が今ひとつ不十分だ。バンデラスは悪くないけれど、繊細さがなく、愛に翻弄され、破滅への道筋をたどる男の苦悩を十分には見せてくれない。もっとこの男の心情を緻密に描く演出が必要だったように思う。凡庸なのである。
「夜は若く、彼も若かった。しかし、夜は甘いのに彼の気分は苦かった」の有名な書き出しで始まる「幻の女」に代表されるようにアイリッシュのタッチはロマンティシズムあふれる部分にある。そのロマンティシズムを映画はうまく表現していない。監督のマイケル・クリストファーは劇作家、脚本家(「虚栄のかがり火」「イーストウィックの魔女たち」)出身で、これが劇場用映画の監督2作目。原題はOriginal Sin。パンフレットにはどこにもこの表記がなく、知らない人は原題をPoisonと勘違いしてしまうのではないか。フランス映画のようにポワゾンと読ませるのもどうかと思う。
【データ】2001年 アメリカ 1時間56分 ギャガ=ヒューマックス共同配給
監督:マイケル・クリストファー 原作:ウィリアム・アイリッシュ「暗闇へのワルツ」 脚本:マイケル・クリストファー 製作:デニース・ディノービ プロデューサー:ケイト・グインズバーグ、キャロル・リース 撮影:ロドリゴ・プリエート プロダクション・デザイン:デビッド・J・ボンバ 衣装デザイン:ドンナ・ツァコブシュカ 音楽:テレンス・プランチャード
出演:アンジェリーナ・ジョリー アントニオ・パンデラス トーマス・ジェーン ジャック・トンプソン アリオン・マッキー ジョアン・プリングル ペドロ・アルメンダリス コーデリア・リチャーズ グレゴリー・イッツィン
J・K・ローリングの世界的ベストセラーを「ホームアローン」「アンドリューNDR114」などのクリス・コロンバスが監督した。SFXは満載で主役のハリーを演じるダニエル・ラドクリフや、おしゃまな優等生ハーマイオニー役のエマ・ワトソン、ホグワーツ魔法魔術学校のダンブルドア校長役リチャード・ハリス(ほとんど素顔見えず)ら出演者も申し分ない。しかし、映画はいまいち面白さに欠ける。コロンバスも脚本のスティーブ・クローブス(「恋のゆくえ ファビュラス・ベイカー・ボーイズ」)も原作を忠実に映画化することに重点を置き、映画ならではの視点を取り入れたり、物語の再構築をしようという気はさらさらなかったようだ。1億部を超すベストセラーだから読者の原作に対するイメージを大切にしたのかもしれないが、原作を過不足なくまとめただけではダイジェストにしかならないのは自明のことだろう。もっとポイントを絞り込む必要があった。魔法学校の内部を描く中盤がやや単調で、2時間32分を長く感じるのはひとえにこの映画製作の姿勢から来るものである。
ハリーは両親を交通事故でなくし、意地悪な叔父・叔母、従兄弟と一緒に暮らす。部屋は階段下の物置。プレゼントなんかもらったこともない。だが、ハリーには隠された力があった。ということは冒頭にダンブルドア校長らが幼いハリーを叔母夫婦の家に預ける場面があるので、観客にはすべて分かっている。隠された力に徐々に目覚めていく過程を描けば、SFにもなりうるが、映画は(原作も)ファンタジーなのでそうした部分はあっさりしている。ハリーの11歳の誕生日にホグワーツ魔法魔術学校から招待状が届き、入学を許される。両親は交通事故ではなく、悪い魔法使いヴォルデモートと戦って死んだのだった。
この悪い魔法使いとの戦いをメインに描くのならば、もっと面白くなったのかもしれない。ところが、第1作の哀しさ、魔法学校の授業など背景までも描かなければならない。別にそれぞれの描写が悪いわけでもないのだが、本筋から少し離れたこういう描写はどうも面白くないのである。ハリーが授業を通じて能力を高めるわけでもない。ストーリーにも意外性はなく、悪役がだれかはすぐに分かる。この程度の物語を面白がっていいのかどうか。
SFXに関して言えば、魔法のほうきの描写は「スター・ウォーズ ジェダイの復讐」に登場したスピーダー・バイクの発展形だろう。魔法のほうきが多数登場するゲーム・クィディッチのシーンはスピーディーでよくできているが、それだけのこと。トロール(「となりのトトロ」の元ネタ)やチェスのシーンも感心するほどのものではなかった。強いエモーションに裏打ちされていないので、SFXがただの見せ物なのである。
生活保護を受けながら、この原作を書いたというJ・K・ローリングには現実逃避の気持ちが少なからずあっただろう。物語というのは多かれ少なかれそうしたものである。小説や映画は、今の自分はホントの自分じゃないはずだという理想と現実のギャップから逃れる手段として有効なのである。だから「スター・ウォーズ」や「マトリックス」や「ダーク・シティ」などなどSFでは毎度おなじみの、不遇の生活を送る主人公が実は世界を救うヒーロー(選ばれし者)だったという設定は観客(読者)の願望そのものといっていい。問題はヒーローが覚醒した後の活躍にあるわけで、この映画の場合、ハリーの活躍が物足りないものに終わっている。個人的な好みの問題だが、魔法(ファンタジー)ではなく、超能力(SF)だったらもう少し楽しめたのかもしれない。
【データ】2001年 アメリカ 2時間32分 配給:ワーナー・ブラザース
監督:クリス・コロンバス 製作総指揮:クリス・コロンバス マーク・ラドクリフ マイケル・バーナサン ダンカン・ヘンダーソン 製作:デヴィッド・ヘイマン 原作:J・K・ローリング 脚本:スティーブ・クローブス 撮影:ジョン・シール 音楽:ジョン・ウィリアムズ 美術:スチュアート・クレイグ 視覚効果監修:ロブ・レガート
出演:ダニエル・ラドクリフ ルパート・グリント エマ・ワトソン ジョン・クリーズ ロビー・コルトレーン ウォーウィック・デイビス リチャード・グリフィス リチャード・ハリス イアン・ハート ジョン・ハート アラン・リックマン フィオナ・ショー マギー・スミス ジュリー・ウォルターズ ゾーイ・ワナメーカー トム・フェルトン ハリー・メリング デヴィッド・ブラッドリー
数年前、「政治的に正しいおとぎ話」という小説がベストセラーになった。白雪姫やシンデレラなど名作とされるおとぎ話に潜む社会的差別や男女差を撤廃して語り直したもので、意図はよく分かるのだが、それほど笑えるものではなかった。ドリーム・ワークス製作のこの映画も“政治的に正しい”CGアニメと言える。製作のジェフリー・カッツェンバーグはディズニーで「美女と野獣」「アラジン」などを発表し、低迷していたディズニーの復活に貢献した人物。美男美女のめでたしめでたしで終わる普通のおとぎ話の裏返しとして、このアニメを作ったらしい。設定は裏返しでも物語は真っ当で、ひねりすぎてはいない。キャラクターが描き込まれているため、エンタテインメントとして十分に通用する仕上がりだ。子どもよりも大人が見て楽しめる佳作になっている。ただし、シンプルなテーマを力強く歌い上げた「美女と野獣」を超えることはできなかった。技術的には勝っているが、ドラマティックな部分で負けているのである。
沼地に住むシュレック(マイク・マイヤーズ、吹き替え版は浜田雅功)は緑色の怪物で、村人たちから「人の骨を粉にして、パンにして食う」と恐れられている。ある日、シュレックのところにおとぎ話のキャラクターたちが大挙、押し寄せる。この国のファークアード卿(ジョン・リスゴー、伊武雅刀)は完璧な国を作るのにキャラクターたちが邪魔になると考え、沼地に追放したのだ。一人で暮らすのが好きなシュレック(というのには理由があることがあとで説明される)は、キャラクターたちの騒がしさに怒り、「お前たちを元いたところへ追い返してやる」とファークアード卿に掛け合いに行く。
ファークアード卿はシュレックの強さに目を付け、ドラゴンが守る城に閉じこめられたフィオナ姫(キャメロン・ディアス、藤原紀香)を助けたら、沼を元通りにしてやると持ちかける。美人の姫と結婚して王になろうと考えているのだ。シュレックはおしゃべりなロバのドンキー(エディ・マーフィー、山寺宏一)と協力してドラゴンを撃退し、フィオナ姫を救出。国へ帰る途中、シュレックとフィオナ姫にはほのかな愛が芽生えるが、フィオナ姫にはある秘密があった。この秘密が従来のおとぎ話とこの映画を分けるポイント。「白鳥の湖」や「美女と野獣」を逆にした設定で、人間は(怪物も)外見じゃないよというテーマ通りの結末を迎えることになる。
フィオナ姫が白馬の王子様からの救出を願っていたり、「マトリックス」のキャリー=アン・モスばりのキックを見せたりのパロディ的部分も楽しいのだが、本筋の物語をしっかり作っているところに好感が持てる。クライマックスは「卒業」風の描写になるが、これはパロディとか何とか言うよりも誤解から生じたすれ違いを正すのに必然的な展開。CGの質は高く、ドラゴンが吐く炎の描写には感心した。
【データ】2001年 アメリカ 1時間31分 配給:UIP
監督:アンドリュー・アダムソン ヴィッキー・ジェンソン 製作:ジェフリー・カッツェンバーグ アーロン・ワーナー ジョン・H・ウイリアム 製作総指揮:ペニー・フィンケルマン・コックス サンドラ・ラピンス 原作:ウィリアム・ステイグ 脚本・共同製作:テッド・エリオット&テリ−・ロッシオ 脚本:ジョー・スティルマン ロジャー・S・H・シュルマン 音楽:ハリー・グレグソン・ウィリアムス ジョン・パウエルプロダクション・デザイン:ジェームズ・ヘジェダス 視覚効果スーパーバイザー:ケン・ビーレンバーグ
声の出演(日本語版):マイク・マイヤーズ(浜田雅功) キャメロン・ディアス(藤原紀香) エディ・マーフィ(山寺宏一) ジョン・リスゴー(伊武雅刀)
トニー・スコットは明確な失敗作はない代わりに、際だった代表作らしきものもない監督で、良い意味でアベレージ・ヒッターと言える。「スパイ・ゲーム」はその中でも出来のいい部類に入る。師弟のような関係のスパイを演じるロバート・レッドフォードとブラッド・ピットの演技が映画を支えており、特に顔に年輪を刻んだレッドフォードがいい。同じくCIA職員を演じ、正月映画として公開された「コンドル」(1975年、シドニー・ポラック監督)を彷彿させ、リベラルな感じのスパイを颯爽と演じている。その「コンドル」にオマージュを捧げたというトニー・スコットのビジュアルな演出も冴え渡っている。場面に応じてタッチを変え、映像の質を変えながら、会議室の駆け引きと回想のアクション場面とをスピーディーにつないでいく。この手腕は大したものなのだが、24時間で救出が必要なサスペンスと主人公の感情の高まりがあまり伝わらないのが惜しいところ。もう少しキャラクターの心情を掘り下げる演出が欲しかった。このあたり、トニー・スコットの以前からの課題と言える。
ベルリンの壁崩壊から2年後の1991年。ある人物を救出するため中国の蘇州刑務所に侵入したCIA職員のトム・ビショップ(ブラッド・ピット)が脱出直前に捕まる。アメリカと中国は通商交渉を控えており、両国の関係悪化を恐れたCIA本部は事件を闇に葬ろうとする。このままではトムは24時間で処刑されてしまう。かつてトムの上司としてスパイのイロハを教え、さまざまなミッションをこなしてきたネイサン・ミュアー(ロバート・レッドフォード)は退職の日を迎えたところだったが、トムの救出に奔走することになる。映画はCIA本部で上層部と腹のさぐり合いをしながら、救出作戦を練るミュアーと、回想場面とで描かれる。ミュアーとトムが出会ったのは1975年のベトナム。ラオスの将軍暗殺に成功したトムをミュアーはスカウトし、東ドイツ、ベイルートでミッションを共にする。アメリカの敵が共産主義からテロリストへと移る過程でミッションをこなすうちに、ミュアーとトムはお互いの立場の違いを痛感することになる。そして悲劇的な結末を迎えたベイルートでのミッションを最後に袂を分かつ。今回の事件はトムが単独で計画したらしい。なぜそんなことをしたのかという理由をクライマックスに明らかにする脚本(マイケル・フロスト・ベックナー)はなかなかうまい。
「コンドル」のラストでレッドフォード演じるCIA職員は新聞社にCIAの陰謀のすべてを打ち明けた。CIAの上司は「そんなもの握りつぶしてやる」と言い放つが、アメリカの民主主義に希望を託すラストだった。「スパイ・ゲーム」の中盤に同じ趣向のシーンがあるのはいかにもオマージュらしい。ただし、今回、ミュアーの情報はCIAの操作によって誤報ということになってしまう。しかもトムは数カ月前に死んだことにされていた。絶体絶命。ミュアーは引退後の蓄えを投げ打ち、大きな賭けに出る。
「スパイはマーティニを飲むんじゃないのか」「スコッチだ。12年以上のものを」というセリフがあったり、ミュアーが何度も結婚を繰り返したという設定(これはあとで違うことが分かる)は007を意識したかのようだ。これを見ると、この映画がリアルなスパイではなく、小説や映画のスパイを元にしているのは明らか。敵の設定がリアルなので誤解を招くかもしれないが、この映画、基本的には過去のエンタテインメントを踏襲したファンタジーなのである。だからこそタイトルはスパイ・ゲームなのだろう。ミュアーの秘書役に「秘密と嘘」のマリアンヌ・ジャン=バティスタ、トムのベイルートでの恋人に「ブレイブハート」のキャサリン・マコーマック、さらにベルリンのアメリカ大使夫人役でシャーロット・ランプリングが出演。ミュアーと対峙するCIA幹部のスティーブン・ディレインはいかにも敵役という感じ憎々しい演技を見せている。
【データ】2001年 アメリカ 配給:東宝東和 東宝
監督:トニー・スコット 製作総指揮:アーミアン・バーンスタイン イアン・スミス トーマス・A・ブリス ジェームズ・W・スコッチドポル 原案・脚本:マイケル・フロスト・ベックナー 脚本:デヴィッド・アラタ 撮影:ダニエル・ミンデル 衣装デザイン:ルイス・フロッグリー 美術:ノリス・スペンサー 音楽:ハリー・グレッグソン・ウィリアムズ
出演:ロバート・レッドフォード ブラッド・ピット キャサリン・マコーマック スティーブン・ディレイン ラリー・ブリッグマン マリアンヌ・ジャン=バティスタ マシュー・マーシュ トッド・ボイス デヴィッド・ヘミングス ジェイムズ・オーブリー ベネディクト・ウォン ケン・リャン シャーロット・ランプリング