ギャング・オブ・ニューヨーク

Gangs of New York

「ギャング・オブ・ニューヨーク」パンフレット19世紀のニューヨークを舞台にアメリカで生まれ育ったネイティブ・アメリカンズの一団とアイルランド系移民の抗争が描かれる。米同時テロによって公開が1年延びたマーティン・スコセッシの超大作(撮影270日、製作費150億円)。スコセッシは主人公の復讐劇に合わせて当時のニューヨークの風俗を詳細に描いており、アナーキーで暴力が横行していた当時の様子を町並みも含めて再現している(撮影はイタリアのチネチッタ・スタジオ)。そうした描写自体は悪くないのだが、物語が2時間48分を引っ張るほどの魅力に欠けた。ダニエル・デイ=ルイスの悪役のみ深みがあり、主演のレオナルド・ディカプリオとキャメロン・ディアスがやや精彩を欠いている。というか、もともとディカプリオにはこういうタフな男の役は似合わないのだろう。デイ=ルイスも決してタフなタイプではないが、この人の場合、演技力がもの凄いから有無を言わせない残酷さと非情さ、加えて人間の複雑さまでをも表現できている。仇役が主人公より圧倒的に強そうで、ディカプリオでは役不足なのである。

冒頭に描かれるのは1846年のニューヨーク。アイルランド系移民のデッド・ラビッツとネイティブズの縄張り争いが激化し、両者は雪の広場で対決する。デッド・ラビッツを率いるヴァロン神父(リーアム・ニーソン)は戦いの中で、ブッチャーの異名を持つビル・カッティング(ダニエル・デイ=ルイス)に殺され、神父の息子アムステルダムは少年院に入れられる。16年後、少年院を出たアムステルダム(レオナルド・ディカプリオ)は復讐を胸にニューヨークに帰ってくる。ここからすぐに復讐が始まるのかと思いきや、アムステルダムは正体を隠してビルの組織に接近し、ビルに気に入られるようになる。かつてのデッド・ラビッツの仲間もビルに取り入っている。そうした描写が長々と続く。父親の命日についにアムステルダムはビルを殺そうとするが、逆に重傷を負わされる。と、ここまでが1時間半余り。その後はけがの癒えたアムステルダムがデッド・ラビッツを再結集し、一大勢力を築き上げていくくだりが描かれる。

普通の復讐劇であるなら、終盤の1時間がメインになるはずである。しかし、スコセッシに興味があったのは復讐劇などではないのだろう。ニューヨークに生まれ育ったスコセッシはこれまでにもさまざまなニューヨークを描いてきたが、これはその原風景とも呼ぶべき世界。だからギャング同士の抗争は「グッドフェローズ」の原点なのだろうし、政治家や警官とギャングの癒着や背景となる南北戦争にも細かい目配りがうかがえる(消防士がまるでギャングのように描かれる場面もあり、これも公開延期の一因かもしれない)。ただ、こうした要素が物語と密接な連携をしているとは言い難い。こうしたことを描くのであれば、復讐劇ではない方が良かったのではないか。大作にふさわしいうねりがないのは致命的だ。

クライマックス、南北戦争の徴兵制度に反発する市民が起こした暴動の中で、ネイティブズとデッド・ラビッツの抗争が始まる。そこへ海上から軍の砲弾が浴びせられ、兵士の銃撃によって両者ともに多大な死者が出る。粉塵が立ちこめる中でのディカプリオとデイ=ルイスの対決をスコセッシは黒沢明のように演出したそうだ。しかし黒沢のダイナミズムには到底及ばない。エキセントリックな小さな話を演出させると、スコセッシは才能を発揮する監督だが、モブシーンはあまり得意ではないのだろう。大作を締め括れるクライマックスになっていない。

ラストに貿易センタービルを捉えたロングショットをあえて用意したスコセッシはニューヨークに対する特別な思いを込めたのに違いない。思いは分かるが、作品として十分に結実はしていない。

【データ】2002年 アメリカ 2時間48分 配給:松竹 日本ヘラルド映画
監督:マーティン・スコセッシ 製作:アルベルト・グリマルディ 製作総指揮:ハーヴェイ・ワインシュタイン マイケル・ハウスマン 共同製作:グラハム・キング 原案:ジェイ・コックス 脚本:ジェイ・コックス スティーブン・ザイリアン ケネス・ロナガン 撮影:ミヒャエル・バルハウス 美術:ダンテ・フェレッティ 衣装:サンディ・パウエル
出演:レオナルド・ディカプリオ キャメロン・ディアス ダニエル・デイ=ルイス リーアム・ニーソン ヘンリー・トーマス ブレンダン・グリーソン ジム・ブロードベント ジョン・C・ライリー ゲイリー・ルイス

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運命の女

Unfaithful

「運命の女」パンフレットダイアン・レインとリチャード・ギアが「コットン・クラブ」以来18年ぶりに共演したサスペンス。クロード・シャブロル「La Femme Infidele」(1969年、日本未公開)を元に「危険な情事」のエイドリアン・ラインが監督した。会社社長の夫エドワード(リチャード・ギア)に愛されて何不自由ない生活を送っているコニー(ダイアン・レイン)が強風のニューヨークで若いポール(オリヴィエ・マルティネス)に出会い、情事を重ねるようになる。それはやがて夫に知られ…、という展開。元がフランス映画だけに大人の映画になっており、ラストの処理には味わい深いものがある。「危険な情事」のように安易なホラーになったりはしない。特に後半、危機に陥った夫婦が絆を取り戻していく描写などギアとレインの演技も含めて感心した。しかし、細かいところで微妙に違うなと思わせる部分が残る。前半は妻の話なのに後半は夫中心の話で、物語の視点が動くのも気になった。どちらかに(特に夫の視点の方に)統一した方がすっきりしたのではないか。

アルヴィン・サージェントとウィリアム・ブロイルズ・Jrの脚本には詰めの甘さが残るのである。一番の疑問はなぜコニーはポールに惹かれたのか、という部分である。もの凄い強風(ホントに何かの冗談じゃないかと思えるぐらいの強風)のソーホーを歩いていたコニーは本を抱えて歩いていたポールとぶつかり、転んで足にけがをする。親切なポールは部屋で手当てをするよう勧める。その時は何のこともなく終わり、続いて2度目にお礼をしにアパートに行った時も何もなく終わる。しかし、コニーは三度、ポールのアパートを訪ね、そこで2人は一線を越えてしまうのである。このコニーの3度目の訪問の気持ちが良く分からない。

夫に不満があるわけではない。エドワードがかなり高齢でコニーが性生活に不満をもっていたとか、そんなこともない。ポールがコニーに対して特別に積極的だったわけでもない。本で埋まったポールの部屋を見せ、そのユニークさを映画は描こうとしているのだが、コニーとの出会いが運命的なものには感じられないのである。例えば、コニーの役柄が軽薄な女であったなら、こういう展開でも納得できたのかもしれない。でも演じるのがダイアン・レインでは軽薄になりようがないのである。あるいはエドワードの役がリチャード・ギアではなく、もっと高齢の俳優であったなら、コニーはポールの若さに惹かれたのだという説明もできる(ちなみに元の映画ではこの役はミシェル・ブーケである。やっぱり、という感じがする)。しかし、ギアはいたって若く見えるのである。ならば、なぜコニーはポールに惹かれたのか、そこのところを詳しく描く必要があったように思う。エドワードがポールのアパートで感情を爆発させる部分にも少し説得力が足りない。

恋愛は理屈ではないが、映画は理屈なのだ。理屈ではない部分に説得力を持たせる必要があるだろう。キャストを変えれば、説得力はあったのかもしれないけれど、ミスキャストというにはギアもレインも十分に好演している。だからこれは微妙な齟齬、構成のミスと言うほかない。レインはちょっと目尻にしわが目立ってきたとはいえ、前半のセクシーさも含めて非常に良い。リチャード・ギアも経験を感じさせる演技で、中盤、妻の情事を知って苦悩をにじませながらポールのアパートに行く場面の演技には感心させられた。

【データ】2002年 アメリカ 2時間4分 配給:20世紀フォックス
監督:エイドリアン・ライン 製作:エイドリアン・ライン G・マック・ブラウン エグゼクティブ・プロデューサー:ピエール・リチャード・ミラー ローレンス・スティーブン・メイヤーズ アーノン・ミルチャン 脚本:アルヴィン・サージェント ウィリアム・ブロイルズ・Jr 撮影:ピーター・ビジウ プロダクション・デザイン:ブライアン・モリス 衣装:エレン・ミロジニック 音楽:ジャン・A・P・カズマレック
出演:リチャード・ギア ダイアン・レイン オリヴィエ・マルティネス エリック・ペア・サリヴァン チャド・ロウ ドミニク・チアニーズ ケイト・バートン マーガレット・コリン

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ボーン・アイデンティティー

The Bourne Identity

「ボーン・アイデンティティー」パンフレットロバート・ラドラムのベストセラー「暗殺者」の映画化。記憶をなくした主人公ジェイソン・ボーン(マット・デイモン)がCIAから命を狙われながら、自分のアイデンティティーを探し求める。何が起こっているのか、なぜ狙われるのかが分からない前半の展開は快調で、デイモンもアクションシーンを難なくこなし、凄腕の男役を演じて不自然なところがない。ボーンの逃走を助け、事件に巻き込まれるマリー役フランカ・ポテンテも少し疲れた感じがいい。ただ、謎の設定がちょっと浅い。頭を打ったわけでもないのに主人公が記憶をなくすというのも都合がよすぎるのではないか。原作は未読だが、映画化に際してかなり単純化してあるようだ。あと2つぐらいヒネリを加えると良かったと思う。

重傷を負って地中海に浮かんでいた男が漁船に救出される。男は背中を撃たれており、体内にはチューリヒの銀行の口座番号が埋め込まれていた。しかも記憶をなくしている。傷をいやした男が銀行に行くと、金庫には大金とジェイソン・ボーンなどと名乗った6枚のパスポート、拳銃があった。銀行を出たところで、ボーンは警官から追われ、アメリカ領事館に逃げ込む。しかし、そこでも警官たちがボーンを狙ってくる。ボーンは金に困っていた女マリー(フランカ・ポテンテ)に謝礼2万ドルの約束で、手がかりを捜すため車で一緒にパリに行くよう頼む。

と、ストーリーを書けるのはここまで。ダグ・リーマン監督(「スウィンガーズ」「go」)の演出はスピーディーで次々にアクション場面とサスペンス場面をつないでいく。ビジュアルな設計はまったく問題ない。記憶はなくしていても格闘技の技術は体が覚えており、公園で詰問を受けた主人公が一瞬にして2人の警官を倒す場面など鮮やか。デイモンは映画に備えて体作りをしたようだ。アクションが格闘中心なのもいい。ジョン・パウエルの音楽も効果的である。やや単調になる中盤で、ボーンとマリーのロマンスを取り入れているのは効果的で、マリーはボーンの要請で容姿を変え、徐々にスパイ映画の女優らしくなってくる。この2人の関係をもっと描いても良かったと思う。

問題は事件の真相が魅力を欠くこと。CIAが主人公を狙うことにどうも切実な理由が見当たらない。ゲームみたいな話なのである。主演の2人の魅力で救われてはいるけれど、もう少し時代に即した脚本にしたいところだった。とはいっても、冷戦時代とは違い、スパイ映画は成立にしくい時代なのだろう。

【データ】2002年 アメリカ 1時間59分 配給:UIP
監督:ダグ・リーマン 製作総指揮:フランク・マーシャル ロバート・ラドラム 製作:ダグ・リーマン パトリック・クロウリー リチャード・N・グラッドスタイン 原作:ロバート・ラドラム「暗殺者」 脚本:トニー・ギルロイ ウィリアム・ブレイク・ハーロン 撮影:オリバー・ウッド 音楽:ジョン・パウエル プロダクション・デザイン:ダン・ウェイル 衣装:ピエール・イヴ・ゲイロード 視覚効果スーパーバイザー:ピーター・ドーネン
出演:マット・デイモン フランカ・ポテンテ クリス・クーパー クライヴ・オーウェン ブライアン・コックス アドウェール・アキノエ=アグバエ

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レッド・ドラゴン

「レッド・ドラゴン」パンフレットトマス・ハリスの原作を「ラッシュアワー」のブレット・ラトナーが監督した。マイケル・マン監督「刑事グラハム 凍りついた欲望」(1986年、ビデオタイトルは「レッド・ドラゴン レクター博士の沈黙」)に続く2度目の映画化である。相変わらずのアンソニー・ホプキンスもエドワード・ノートンもうまく、それ以上に“噛みつき魔”ダラハイド役のレイフ・ファインズが雰囲気を出している。ダラハイドは原作ではもっと醜い顔のはずで、ファインズではハンサムすぎると思うが、中盤の新聞記者(フィリップ・シーモア・ホフマン)をいたぶる場面など狂気の演技がなかなかである。ダラハイドに惹かれる盲目のリーバ役エミリー・ワトソンもいい。残念なのは「羊たちの沈黙」へのリスペクトが大きすぎること。ラトナーはレクターの入った精神病院のセットを「羊たち…」と同じにすることにこだわったという。脚本は「羊たち…」で名を挙げたテッド・タリーだから、映画の雰囲気も「羊たち…」によく似たものになった。ダラハイド捜査のヒントをレクターがグラハムに与える場面などそのままである。要するにオリジナルなものに乏しいのだ。「羊」がなければ、映画の評価は高まったかもしれない。しかし所詮、「羊」がなければ生まれなかった映画なのである。

映画はコンサート会場で1人調子を外した演奏者を見て、苦虫を踏みつぶしたような顔をするレクターの描写で幕を開ける。レクターがオーケストラの団員たちを食事に招待する場面は「ハンニバル」の雰囲気を取り入れたもので、出された料理が行方不明となった演奏者であることは明らか。ここはシリーズを見ている観客へのサービスみたいなものだ。FBIのウィル・グレアム(エドワード・ノートン)がレクターの正体に気づき、重傷を負いながらも逮捕するまでがちょっと長い前ふり。精神的にも傷を負ったグレアムはいったんFBIを辞めるが、連続殺人事件の捜査を上司のジャック・クロフォード(ハーヴェイ・カイテル)から要請され、復帰することになる。2組の家族が惨殺されたこの事件はいずれも満月の前後に発生した。次の満月までに犯人を突き止めるため、グレアムはボルティモア州立病院精神科に入れられたレクターにヒントを求める。

原作ではレクターの登場シーンは少なかった。映画でも多くはないが、もはやレクターはスター並みの存在だから、それなりの扱いをしてある。ラトナーの演出は大味なところがあって決して優れているわけではないけれど、そつなくまとめてある。グレアムとダラハイドの内面に深く切り込んだ原作のストーリーを表面的になぞっているだけにせよ、ラトナーの絵作りはエンタテインメントとしては合格点と思う。ただ、物足りない思いが残るのも事実で、11年前の「羊たちの沈黙」を超えられないような映画作りにはあまり意味を感じない。

付け加えて言えば、僕は映画「羊たちの沈黙」もそれほど評価していない。レクターに安楽椅子探偵の役回りを与える(これはプロファイリングからヒントを得た設定だろう)という抜きん出たアイデアで構成された原作を超えるものではなかった。アンソニー・ホプキンスの発案で「ハンニバル」の続編を作る計画もあるという。レクターは今回もセルフ・パロイディのような側面が感じられたが、それが増幅しないことを望みたい。

【データ】2002年 アメリカ 2時間5分 配給:UIP
監督:ブレット・ラトナー 製作:ディノ・デ・ラウレンティス マーサ・デ・ラウレンティス 製作総指揮:アンドリュー・Z・デイヴィス 原作:トマス・ハリス 脚本:テッド・タリー 撮影:ダンテ・スピノッティ プロダクション・デザイン:クリスティ・ゼア 衣装:ベッツィ・ヘイマン 音楽:ダニー・エルフマン
出演:アンソニー・ホプキンス エドワード・ノートン レイフ・ファインズ ハーヴェイ・カイテル エミリー・ワトソン メアリー=ルイーズ・パーカー フィリップ・シーモア・ホフマン アンソニー・ヒールド ケン・リュン フランキー・フェイソン タイラー・パトリック・ジョーンズ

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