福井晴敏の傑作戦争冒険小説「終戦のローレライ」を平成ガメラシリーズの特撮で知られる樋口真嗣監督が映画化した。というのは正確な言い方ではなく、元々、映画のためにこの小説は始まったのだそうだ。元になったプロットから福井晴敏は小説を書き、樋口真嗣は脚本化の作業を進めた。「2001年宇宙の旅」の映画と小説の関係と同じような関係と言える。だから、というわけではないが、原作を読んでいても映画は楽しめる。いや、もちろん原作の方が密度が濃いし、登場人物のキャラクターや事件の背景が書き込んであってはるかに面白いのだけれど、映画はうまく省略してあったり、変更を加えてある(原作では重要な役割を担っていたパウラの兄は登場しない)。浅倉大佐が東京に原爆を落とそうとする意図に説得力がちょっと足りないし、物語のポイントである潜水艦内での反乱と鎮圧の描写が簡単になってしまったのは残念だが、上下2巻で1,000ページを越す膨大な原作のまとめ方としては賢明であり、うまい脚本だと思う。
樋口真嗣が劇場用映画を監督するのは「ミニモニ。じゃMOVIE お菓子な大冒険!」に続いて2作目。といっても「ミニモニ。…」は53分しかなく、これが本格的なデビュー作と言っていいだろう。ビジュアル面の設計に問題はないにしてもドラマの演出には不安を持っていたのだが、意外にも極めて正攻法の演出を見せる。しっかりと画面を作っていく作業はVFXにも普通のドラマにも共通することなのかもしれない。それを支えるのが「私は信じる。日本人は…自分で焼け跡から立ち上がる」と話す信念の艦長役・役所広司の熱い演技で、この説得力、演技の奥行きの深さには感心した。堤真一、柳葉敏郎、國村隼、妻夫木聡の演技も的確である。そして何よりも潜水艦内部の詳細な描写とVFXがいい。アメリカ艦隊との戦闘シーンをはじめとして随所にあるCGは海外の潜水艦映画に肩を並べる出来である。このVFXがなかったら映画は成功しなかっただろう。さまざまな小さな傷は散見されるにしても、積極的に評価したい映画だ。
1945年8月。特攻に反対したために潜水艦勤務を解かれていた絹見(役所広司)は浅倉大佐(堤真一)から呼び出され、ドイツ製の潜水艦「伊507」に乗艦するよう命じられる。任務は広島に続く第2の原爆投下を阻止すること。この艦にはドイツが開発した秘密兵器「ローレライ」が搭載されていた。乗組員は寄せ集めで、艦長の補佐役の木崎(柳葉敏郎)、掌砲長・田口(ピエール瀧)、ローレライシステムの秘密を知る高須(石黒賢)、特殊潜行艇N式潜の操舵手である折笠征人(妻夫木聡)、その親友の清永(佐藤隆太)らが乗り組んでいた。征人はN式潜の中に日系ドイツ人の少女パウラ(香椎由宇)が潜んでいるのを見つける。パウラはローレライシステムと関係があるらしい。「伊507」は原爆搭載機が出発するテニアン島に向かうが、それにはアメリカ太平洋艦隊の防衛網を突破しなければならない。襲ってきた駆逐艦を撃退するため、絹見はローレライの使用を決意する。
小説では読み応えがあった2つの場面(浅倉の変化の原因となる南洋での凄まじい飢餓の描写とパウラがナチス・ドイツの研究所で薬漬けにされる描写)は映画では回想で簡単に済まされている。これは小説のように詳細に描いた方が映画に幅が出たかもしれないけれど、そうすると上映時間は3時間を超えるだろう。この2つの処理の仕方はパンフレットにある樋口真嗣の表現を借りれば、「ビジュアル主導型」の映画としてぶれさせないための措置だったのだと思う。映画に迷いがないのである。それは映画のために原作を依頼したことと無関係ではないだろう。物語をよく咀嚼しており、単なるダイジェストにはなっていない。
ともあれ、原作の映画化が3本公開される“福井晴敏イヤー”の始まりを告げる作品として十分合格点の出来だと思う。次は6月11日公開の「戦国自衛隊1549」(手塚昌明監督)、そして夏休み公開の「亡国のイージス」(阪本順治監督)が続く。どちらも楽しみな映画だ。
【データ】2005年 2時間8分 配給:東宝
監督:樋口真嗣 製作:亀山千広 製作総括:島谷能成 関一由 千草宗一郎 大月俊倫 原作:福井晴敏 脚本:鈴木智 撮影:佐光朗 美術:清水剛 水密服デザイン:出渕裕 絵コンテ協力:庵野秀明 音楽:佐藤直紀 VFXスーパーバイザー:佐藤敦紀 VFXプロデューサー:大屋哲男
出演:役所広司 妻夫木聡 柳葉敏郎 香椎由宇 堤真一 石黒賢 佐藤隆太 ピエール瀧 KREVA 小野武彦 橋爪功 國村隼 鶴見辰吾 伊武雅刀 上川隆也
「踊る大捜査線」の脚本家・君塚良一の監督デビュー作。郷田マモラのコミックを君塚自身が脚本化した。霊が見える能力を持つ監察医(東山紀之)が主人公の“泣けるホラー”で、主人公の設定は「シックス・センス」のオスメント少年を思い起こさせる。オスメント少年は自分の能力に最初は戸惑っていたが、最後にはそれを理解し、役立てるようになった。この映画の主人公もそういう過去を経たようで、今は現れる霊たちに力を貸そうとしている。それが一方で悲劇を生むことになる。
君塚良一は設定と脇のエピソードだけ残して原作を解体したという。主人公と幽霊との3つのエピソードが語られるが、中心になるのは半年前に死に、幽霊となって暗がりから主人公を見つめる妻(和久井映見)のエピソードだ。霊となって現れるには何か理由があるはず。主人公は後半、この謎に向き合うことになる。そして生前の妻にはある男の存在があったことが分かる。これは悪い話ではないが、あと一ひねりふたひねりほどした方が良かったのではないかと思う。映画の中心となるエピソードとしては少し物足りないのだ。もっとこの2人の話に時間を割いた方が良かった。東山、和久井とも好演しており、僕は好感を持ったけれど、もっと面白くできる映画だと思う。
主人公の白川真言(東山紀之)は大学の法医学研究所に勤める監察医。真言には子供の頃から霊が見える能力があった。霊たちは思いを残して死んだために現れる。真言は霊の思いを受け止め、事件の真相を明らかにすることが自分の使命だと考えている。真言の妻・絵梨(和久井映見)は半年前に交通事故で死んだ。死因に不審な部分はなかったが、絵梨の幽霊は真言の前に現れ、何かを伝えようとしている。しかし、真言にはそれが分からない。いや、分かってしまえば、絵梨の霊は消えてしまうから意図的にそれを避けてきた部分もある。やがて真言の前に「私の兄はあなたの奥さんに殺された」と話す女(三輪ひとみ)が現れる。女の兄(別所哲也)は絵梨が交通事故に遭う数日前にマンションの7階から転落死していた。真言はもう一度、生前の妻の行動を調べることになる。
このメインのエピソードと並行して体に虐待の痕がある少女の話と殺された女子大生のエピソードが描かれる。3つのエピソードが描いているのは夫婦の愛、親子の愛、男女の愛である。そして表面からは分からない死者の思いや実像が明らかになる。原作は性善説が基調らしいが、君塚良一の脚本は例えば、女子大生のエピソードなどに苦い部分を残している。知らない方がよかった真実が出てくるのだ。真言と絵梨の関係にもそれはあり、妻の隠された行動を真言は受け止めざるを得なくなる。そしてその後に妻の真実の思いが見えてくる。和久井映見の「あたしの中にあなたのお兄さんはいらない」というセリフが心に残る。
静かな演技の東山紀之に比べて、同じ研究所に勤める室井滋やベッキー、刑事の哀川翔の演技はややうるさい。これはこれで面白く見たし、もちろん意図的な演出なのだろうが、映画のトーンを乱すことにもなっている。そういう部分を少なくして東山、和久井のエピソードをもっと深く描いてほしかった。惜しい映画だと思う。川井憲次の音楽はいつもとは異なり、まるで久石譲のようなピアノ曲を提供している。
【データ】2005年 1時間55分 配給:松竹
監督:君塚良一 製作総指揮:平井文宏 製作:奥田誠治 神野智 原作:郷田マモラ 脚本:君塚良一 撮影:林淳一郎 音楽:川井憲次 美術:丸尾知行 VFXディレクター:立石勝
出演:東山紀之 和久井映見 哀川翔 室井滋 ベッキー 河合美智子 小堺一機 中島啓江 別所哲也 佐野史郎 武田鉄矢 三輪ひとみ
登場人物を紹介する冒頭を除いて、列車の中だけで話が進行する。クレイジーケンバンドの音楽に乗って、6人の詐欺師のグループがお互いに騙し騙される姿をミステリータッチで描く。いや、ミステリータッチというよりも、この映画におけるミステリー的な部分は入り組んだ男女関係、人間関係を描くために使われた感じがある。監督の大谷健太郎(「とらばいゆ」)がやりたかったのはこの男女関係の方なのだろう。狙いは悪くないし、中谷美紀の好演が光るのだけれど、こういう映画にほしい都会的なタッチになりきれていない。中谷美紀を巡る男女関係が少し重たいのがその理由だが、他の役者が弱いためもある。椎名桔平に中谷美紀の目を潤ませるほどの魅力が感じられない。田辺誠一、妻夫木聡、八嶋智人は可もなく不可もなしといったレベル。伴杏里は少なくとも、中谷美紀より美人じゃないと困る(ただ、伴杏里、純情そうでいてそうじゃない二面性もそれなりに演じている)。こういうタイプの映画は嫌いではないが、よりいっそうの洗練されたタッチが望まれるところ。これに比べると、伊坂聡「g@me.」はうまかったなと思う。
詐欺師グループだった男女が3年ぶりに集まり、新しいヤマを始める。集まったのは、元リーダーの志方(椎名桔平)、美貌の女詐欺師宝田(中谷美紀)、宝田とコンビを組む横山(八嶋智人)、今回のヤマを企画した久津内(田辺誠一)、元アル中の佐々木(妻夫木聡)の5人。今回のヤマは偽物の羽毛布団を30万円で売る計画だった。グループは豪華な寝台特急で大阪駅から北海道に向かう。志方は凄腕の詐欺師だったが、3年前のある出来事がもとで今はくたびれた感じで、のど飴中毒みたいになっている。3年前、一味が手にした大金を今井(伴杏里)に持ち逃げされ、その結果、仲間がばらばらになったためだ。その今井が京都駅で列車に乗り込んでくる。今井に思いを寄せる久津内が仲間に引き入れたのだった。
ここから映画は今井が入ったことによるごたごたをさらりと描いて、帰りの列車内に舞台を移す。肝心の詐欺の場面がないのは元が戯曲(土田英生作)だからだろうが、本筋に沿っているのでこれは賢明な在り方。詐欺の上がりは7000万円だった。3年前のように仲間に持ち逃げされないように、金を入れたバッグとダミーを含めた鍵5個を6人がそれぞれに持つが、翌朝、バッグの中身がジャガイモとすり替えられているのが分かる。
果たして犯人は誰か、どのようにすり替えたのか。という謎はすぐに観客に明かされる。それから話は転々とするのだが、ミステリー的には大したことはない。6人のそれぞれの計画と思惑が交錯していくところに中心がある。残念ながら、それが十分に面白くなっていかない。ミステリー的にもちゃんとしたものを作らないと、こういう映画は成功しない。コンゲームの面白さを含めつつ、ユーモラスな場面とリアルな心情を絡める映画はなかなか難しいのだろう。
【データ】2005年 1時間40分 配給:アスミック・エース
監督:大谷健太郎 エグゼクティブ・プロデューサー:椎名保 三木裕明 プロデューサー:久保田修 小川真司 原作:土田英生 脚本:土田英生 大谷健太郎 渡辺あや 音楽:クレイジーケンバンド 撮影:鈴木一博 プロダクション・デザイナー:都築雄二 美術:佐々木尚
出演:椎名桔平 中谷美紀 妻夫木聡 田辺誠一 八嶋智人 伴杏里 徳井優 田中耕二
市川染五郎と宮沢りえのセリフ回しが心地よい。2人とも江戸っ子なので、べらんめえ調の軽いセリフがよく似合う。染五郎のセリフの決め方などはさすがだと思うし、今や勉強熱心なことにかけては定評がある宮沢りえのさわやかなお色気もいい。こういう軽い感じで全体を映画化してくれれば良かったのにと思う。阿修羅王の復活を図る樋口可南子や鬼御門(おにみかど)の渡部篤郎らの演技が重く暗く、もっと面白くなりそうなのに何だか陰々滅々とした感じに終わっているのである。映画全体としてはスケールが足りないのが致命的だと思う。同じようなセットで話が進行し、広がりが感じられない。突き抜けたものがない。息苦しい。深作欣二「魔界転生」の昔からセットで繰り広げられる魔界を描いた邦画は陰々滅々になる傾向があるようだ。
「陰陽師」の滝田洋二郎監督による舞台劇の映画化。物語も鬼が出てくるところなど「陰陽師2」に似ているので、ピッタリの人選と思うが(鬼御門の頭領は舞台では十三代目安倍晴明なのだそうだ)、スケール感では「陰陽師」の方にやや分がある。
文化文政時代の江戸。人々の中に秘かに人を食らう鬼が紛れ込んでいた。幕府は鬼殺しのために鬼御門という組織を結成。その頭領である国成延行(内藤剛志)と腹心の安部邪空(渡部篤郎)はある夜、尼僧姿の鬼女・美惨(びざん=樋口可南子)と出会う。美惨は鬼の王である阿修羅が間もなく復活すると告げる。5年前まで鬼御門に属していた病葉出門(わくらば・いずも=市川染五郎)は、鬼と思われる少女を斬ったことで鬼御門を辞め、歌舞伎役者として気ままに暮らしている。出門はつばきと名乗る女(宮沢りえ)と出会い、たちまち恋に落ちる。つばきは5年以上前の記憶をなくしていた。出門に惹かれたつばきは右肩に紅の花のような痣ができたのを見つける。出門に惹かれるたびにその痣は大きくなっていった。やがて美惨が求める阿修羅の復活につばきが必要と分かってくる。
滝田洋二郎は3時間の舞台を出門とつばきのラブストーリーに集約しようとしたのだという。確かに2人のラブシーン(つばきが出門の傷を舐めるシーン)などは官能的なのだが、ラブストーリーとして優れているかというと、そういうわけでもない。恋をすることで鬼に変わる女の悲劇性も出す必要があっただろう。物語の先が読めて、あまり深みを感じない描写に終わっている。VFXは阿修羅城の出現や燃え上がる江戸の町の描写など、もっとスケール大きく見せて欲しかったところ。なんとなく中途半端に終始し、驚くようなショットもなく、物語のポイントとなる描写もなかった。
主演の2人は決して悪くないのだから、やはり演出の仕方に難があったのだろう。滝田洋二郎監督には、次はまったく違う素材で映画を撮ってほしいと思う。こういう魔界物はあまり得意とは思えないし、もういいのではないか。
【データ】2005年 1時間59分 配給:松竹
監督:滝田洋二郎 製作総指揮:迫本淳一 プロデューサー:榎望 森太郎 中村隆彦 原作:中島かずき「阿修羅城の瞳」劇団☆新感染 脚本:戸田山雅司 川口晴 音楽:菅野よう子 撮影:柳島克巳 美術:林田裕至 アクション監督:諸鍛冶裕太 衣装デザイン:竹田団吾 視覚効果:松本肇 造形・メイクスーパーバイザー:原口智生
出演:市川染五郎 宮沢りえ 大倉孝二 皆川猿時 山田辰夫 螢雪次朗 樋口可南子 土屋久美子 韓英恵 沢尻エリカ 小日向文世 内藤剛志 渡部篤郎