70年代へのノスタルジーを思い入れたっぷりに描いて、カルト的な作品となった昨年の「嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」に続く劇場版「クレヨンしんちゃん」シリーズの第10作。前回がカルトなら今回は正攻法の映画。劇中で描かれる合戦シーンはもちろん子ども向けであるから残虐シーンはないが、合戦の在り方がリアルに描かれており、一つの見どころになっている。ただし、「クレヨンしんちゃん」としては正攻法ではなく、普通の映画に軸足を置いている。原恵一監督は「今回あえて野原一家を中心に物語を展開させないで、時代劇の面白さを追求しようと決めて、時代劇でしかできない、現代劇でやったら照れちゃうような真っ直ぐな気持ちとか、潔さ、覚悟みたいなものを登場人物たちに入れ込んだんです」と語っている。又兵衛や廉姫は確かに良いキャラクターだし、2人の許されない恋の描写も悪くはないが、それならば、「クレヨンしんちゃん」の枠組みでやる必要はなかったのではないか、という根本的問題とぶつかってしまう。「オトナ帝国の逆襲」ほどの出来にならなかったのは、一家がメインの話ではないからと思う。
シロが家の裏庭に掘った穴から、しんのすけが戦国時代(天正2年=1574年)にタイムスリップする。そこには前夜、なぜか家族そろって同じ夢で見た美しい女そっくりの廉姫(れんひめ)がいた。弱小藩の春日城に住む廉姫は幼なじみで家臣の又兵衛に恋心を抱いており、又兵衛の方も同じ思いでいるが、身分差の厳格な時代、姫と家臣ではお互いに本心を打ち明けようがない。このあたりの描写が古風でいい。しんのすけは又兵衛の家に世話になり、いつものようにスラップスティックな騒動を巻き起こしていく。「しんのすけのいない世界なんて考えられない」と、ヒロシとみさえもしんのすけを追って戦国時代へ。廉姫は大蔵井家に政略結婚させられるはずだったが、しんのすけから未来の自由な話を聞いた殿様が心変わりし、政略結婚を断る。大蔵井は激怒し、いい口実とばかりに大軍を率いて、春日城に攻めてくる。
ラスト近くのエピソードは下手をすると、「ペイ・フォワード」のように観客を泣かせるためだけの、あざといシーンになるところだったが、しんのすけのタイムスリップの意味と絡めて説明されるので、まあ許容範囲だろう。SF的設定で欲しいのは、タイムスリップの理屈で、裏庭で掘った穴からできたというだけではちょっと物足りない。何かもう一つ超自然的な設定(簡単なものでいい)と、なぜタイムスリップするのがしんのすけ一家でなければならなかったのかという理由が欲しかった。今回は設定だけがSFで、内容にSF的なアイデアの広がりはない。これは監督が時代劇と言っているのだから仕方がないだろう。
「オトナ帝国の逆襲」の成功によって、今回の作品には期待が高まっていた。原監督はそれに応えようとして、本格的な時代劇と悲恋を絡めたのかもしれない。いつものようにギャグはたくさんあるし、水準は高いが、こういう話になってくると、本来はギャグ漫画である作画の雰囲気とあまり合わなくなってしまう。来年は家族中心の話に返って、捲土重来を果たして欲しい。ギャグ漫画なのに感動的という意外性の面白さは、そう何度も通用しないように思う。
【データ】2002年 1時間30分 配給:東宝
監督:原恵一 原作:臼井儀人 脚本:原恵一 演出:水島努 絵コンテ:原恵一 水島努 作画監督:原勝徳 大森孝敏 間々田益男 キャラクター・デザイン:末吉裕一郎 撮影:梅田俊之 美術:古賀徹 清水としゆき ねんどアニメ:石田卓也 音楽:荒川敏行 浜口史郎
声の出演:矢島晶子 ならはしみゆき 藤原啓治 こおろぎさとみ 屋良有作 小林愛 真柴摩利 林玉緒 一龍斎貞友 佐藤智恵 羽佐間道夫 大塚周夫 納谷六郎 玄田哲章 山路和弘 ダンス☆マン 宮迫博之 蛍原徹
9年ぶりの劇場版「パトレイバー」第3作。WXIIIとは、原作の「廃棄物13号」つまり、Wasted 13を意味する。10年以上前にこの原作は読んでいるが、もはやすっかり忘れている。あのコミックで印象的だったのは怪獣の廃棄物13号よりも、むしろ黒いレイバー、グリフォンの方だった。それはともかく、パトレイバーシリーズの映画版は毎回、水準が高い。「シネマ1987」のベストテンでは1989年の第1作が8位、1993年の第2作が3位にランクされている(僕を含む一部の組織票の疑いもある)。特に第2作は個人的にはその年のベストだった。戦争シミュレーションをテーマに全編を貫く緊張感とリアルな作画には圧倒された。今回も作画のリアルさは第2作を受け継いでいるし、東京のさまざまな風景の中での刑事2人の捜査というのは第1作にもあった。出来の方もこの2作に劣らない。
昭和75年というから、設定としては2年前のアナザー・ワールドである。バビロン・プロジェクトの進む東京湾で、シャフト社製のレイバーが連続して襲撃される事件が起きる。プロジェクトに反対するテロリストの仕業と思われ、警視庁城南署刑事の久住武史(綿引勝彦)と秦真一郎(平田広明)が捜査を開始する。原型をとどめない作業員の死体を目にした後、秦は雨の駐車場で一人の女に出会う。車の故障で困っていたその女、岬冴子(田中敦子)にはどこか、陰があった。謎の襲撃事件はその後も続き、海底ケーブルを調査中の水中レイバーが破壊され、海沿いの駐車場で車の中のカップルが惨殺される。そして湾岸の備蓄基地で異常事態発生が通報された。2人の刑事は現場へと向かい、そこで巨大な怪物を目撃する。怪物は警備員を貪り食らい、久住に迫ってくる。危うく難を逃れた2人は怪物の残した肉片の分析を依頼するために東都生物医学研究所を訪れる。そこには冴子がいた。冴子は大学の講師ではなく、生物医学の研究員だった。
前2作は伊藤和典の脚本が素晴らしい出来だったが、今回のとり・みきも頑張っている。地味に始まった話だけに中盤、怪獣の暴れ回る場面が効果的で、第一印象としては由緒正しい怪獣映画、という感じ。怪獣の正体やそれにまつわるSF的設定(久住がいつも聞いているアナログレコードが怪獣の弱点に結びつくのは絶妙)にもすきがない。加えて刑事2人の私生活を含めた描写とそれに絡む岬冴子の悲しい過去が人間ドラマとしての側面をも補強する。特車二課が脇に回ったのは残念だが、後藤隊長の出番はあるし、他の面々もクライマックスには登場する(怪獣を倒す銃弾が一発しかない、と言われた太田が「一発あれば十分だ!」と言う場面は笑った)。総監督は押井守に代わって、高山文彦(「超時空要塞マクロス」「不思議の海のナディア」「機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争」)。丹念に丹念に積み上げていく演出とビジュアルなまとめ方に冴えを見せている。いつものことながら川井憲次の音楽も素晴らしく、効果を挙げている。付け加えれば、年配の刑事・久住の声を演じる綿引勝彦も実にピッタリなキャスティングだったと思う。
【データ】2002年 1時間40分 配給:松竹
総監督:高山文彦 監督:遠藤卓司 企画:角田良平 薬師寺衛 エグゼクティブ・プロデューサー:渡辺繁 川城和実 小坂恵一 プロデューサー:杉田敦 福島正浩 原作:ヘッドギア 脚本:とり・みき 原案:ゆうきまさみ「機動警察パトレイバー」(「廃棄物13号」より) キャラクター・デザイン:高木弘樹 メカニック・デザイン:カトキハジメ 河森正治 出渕裕 作画監督:黄瀬和哉 撮影:白井久男 音楽:川井憲次
声の出演:綿引勝彦 平田広明 田中敦子 穂積隆信 拡森信悟 森田順平 池田勝 冨永みーな 古川登志夫 池水通洋 二又一成 郷里大輔 大林隆之介
あさま山荘事件を警察の側から描いた“事実に基づくフィクション”。原田真人監督の映画としては昨年の「狗神」以来の作品となる。前半の長野県警と警視庁、警察庁との確執は「踊る大捜査線」の裏返しみたいで、あまり感心しなかった(「踊る大捜査線」は現場の刑事からのキャリア組批判があったのだが、この映画は上層部から聞き分けのない現場への不満にしかなっていない)が、後半、鉄球が壁をぶち抜くシーンに始まる山荘突入の場面を延々と描き始めて映画は熱を帯びる。山荘内部への突入の困難さが詳しく描写されているのだ。
ただ、これをもってしても傑作にはなりえず、大いなる凡作という印象。結局のところ、警察上層部の視点だけで描けば、事件自体を矮小化することになってしまう。時代背景や連合赤軍の意味などをすべてカットしてしまったら、「あさま山荘」を映画化する意味があるのかどうか疑問なのである。いや、これは佐々淳行の原作だから、というのもエクスキューズにならないのではないか。警察の騒動だけなら、この事件を取り上げる必要はないだろう。映画がスケール感に乏しく、見応えにも欠けるのは、このあたりから来ているようだ。事件の単なる断片を描いただけ、という不満を覚えずにはいられない。
「体を張り命がけで戦った男たちを、同世代の1人として誇りに思う」と、パンフレットの中央部分に某知事が書いている。それを大書して載せるという感覚に僕はついていけない。原田真人の思想や映画製作の意図がどうあれ、映画はそのように右寄りの思想でパッケージングされている。The Choice of Herculies(困難な道ばかりを選ぶという意味だそうだ)という英語のタイトルにもケッ、そんなにカッコイイかよ、と思ってしまう。右も左も超えて「活劇の根底にある男たちの実感を描きたかった」と、原田真人はキネマ旬報5月下旬号で語っている。その考え方には納得するのだが、どうも見ていて乗れないのは、やはり主人公が国家のエリート階級に属する人だからだろう。これが現場の一機動隊員の視点から構成された物語であったのなら、また違ったのかもしれない。いや、絶対に違ったはずだ。
“事実に基づくフィクション”とことわるぐらいなら、徹底的に視点を変え、物語の構成を変えて、脚本を書いた方が良かったのではないか。主人公は活劇の現場にはいたが、あくまでも指揮官であり、突入現場の恐怖や緊張や苦しさを身をもって知っているわけではない。だから実感に欠ける映画にならざるを得ない。藤田まことの後藤田正晴なんてぴったりだし、ひとクセもふたクセもある役者たちがそれぞれに見せ場を作っている。群衆劇としては水準以上なのに、釈然としない思いが残るのはそういう主人公の設定が影響しているのだと思う。そう、いかに長野県警との協力や事件現場の過酷な天候に困難があろうが、結局、主人公は「突入せよ!」と命令するだけの人なのである。
【データ】2002年 2時間13分 配給:東映
監督:原田真人 製作:佐藤雅夫 谷徳彦 椎名保 熊坂隆光 プロデュース:原正人 原作:佐々淳行 撮影:坂本善尚 美術:部谷京子 音楽:村松崇継
出演:役所広司 宇崎竜童 伊武雅刀 藤田まこと 天海祐希 椎名桔平 山路和弘 松岡俊介 池内万作 豊原功輔 遠藤憲一 矢島健一 遊人 榊英雄 甲本雅裕 山崎清介 大森博 螢雪次朗 荒川良々 街田しおん 篠原涼子 高橋和也 松尾スズキ もたいまさこ 串田和美 篠井英介