祖国のクーデターでニューヨークのJFK空港から出られなくなった男を巡るスティーブン・スピルバーグ監督作品。前作「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」に続いて、物語自体は小品と言えるスケールだが、空港の巨大なセットをはじめスピルバーグが撮ると、なんとなく大作のイメージになってしまう。2時間9分という上映時間もこうした作品としては長いと思う。泣かせる場面はあるし、マイノリティの人たちの温かさを感じる部分もあって、話は悪くないのだけれど、脚本の技術的なうまさという点ではあまり感心するところはなかった。設定のオリジナリティに比べて、話の展開に目新しい部分がないのだ。主人公の男女2人の行く末とか、別の男女の恋の描写の簡単さとか、脚本の細部に引っかかる部分がある。加えて話は軽妙の部類に入るのに、スピルバーグ演出では軽妙さが十分に弾けていかない。もっとこぢんまりと撮れば良かったのに、スピルバーグは肩の力を抜けきれていないのだ。スピルバーグはこういう軽妙な題材が自分に向いていないことを自覚した方がいい。
主人公のビクター・ナボルスキー(トム・ハンクス)はJFK空港に降り立ったところで、祖国のクラコウジアにクーデターが起き、内戦状態となったことを知らされる。祖国の政府が消滅してしまったために入国ビザが失効し、クラコウジアとアメリカとの国交がなくなって帰国することもできなくなった。空港国境警備局長のディクソン(スタンリー・トゥッチ)はビクターに空港で待つように命じる。というのが基本的な設定。映画はここから英語もしゃべれないビクターが空港内でどうやって暮らしていくかを描写しつつ、床掃除のインド人グプタ(クマール・パラーナ)やフード・サービス係のエンリケ(ディエゴ・ルナ)との交流、客室乗務員のアメリア(キャサリン・ゼタ=ジョーンズ)との恋などを描いていく。
ホントは39歳、人前では32歳、デートするときは27歳と偽っているというアメリアを演じるキャサリン・ゼタ=ジョーンズが良い。妻子ある男と何年も不倫を続けているアメリアは男からの電話を待ち続けており、いつか一緒に暮らせる日が来ることも夢見ているが、次第にビクターに惹かれていく。2人が空港内でデートする場面などは良い雰囲気で、この2人のラブストーリーにしてしまっても良かったのではないかと思う。しかし、脚本はこの2人の結末をハッピーとは言えないものにしている。
主人公がニューヨークに来た理由は終盤に明らかになる。それと祖国のクーデターとを比べて、どちらが大切かよく分からない。主人公の家族構成など背景が今ひとつはっきりしないからで、これは脚本のミスだろう。良い話なのに脚本の細部で失敗したという感じの作品である。物語はパリ空港に16年間暮らしている実在のイラン人を基にアンドリュー・ニコル(「ガタカ」「シモーヌ」)とサーシャ・ガバシが原案を書き、ガバシとジェフ・ナサンソン(「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」)が脚本化している。題材を詰め込みすぎたことも、今ひとつ充実感のないものになった原因ではないかと思う。
【データ】2004年 アメリカ 2時間9分 配給:UIP
監督:スティーブン・スピルバーグ 製作:ウォルター・F・パークス ローリー・マクドナルド スティーブン・スピルバーグ 製作総指揮:ジェイソン・ホッフス パトリシア・ウィッチャー アンドリュー・ニコル 原案:アンドリュー・ニコル サーシャ・ガバシ 脚本:サーシャ・ガバシ ジェフ・ナサンソン 撮影:ヤヌス・カミンスキー プロダクション・デザイン:アレックス・マクドウェル 音楽:ジョン・ウィリアムス 衣装:メアリー・ゾフレス
出演:トム・ハンクス キャサリン・ゼタ=ジョーンズ スタンリー・トゥッチ チー・マクブライド ディエゴ・ルナ バリー・シャバカ・ヘンリー クマール・パラーナ ゾーイ・サルダナ
「チョコレート」のマーク・フォースター監督作品で、「ピーター・パン」の物語がどのように生まれたのかを描くヒューマンなドラマ。作家のジェームズ・M・バリと4人の息子を持つ未亡人シルヴィアの交流を描きつつ、「信じる力」と「想像力」の大事さを訴えている。フォースターの演出は的確で力まないところが好ましい。バリとシルヴィアの緩やかな関係を繊細に綴った脚本(これがデビューのデヴィッド・マギー。オリジナルは舞台劇「ピーター・パンだった男」で、マギーはそれを脚色した)も良い出来である。
ただ、信じる力を訴えるなら、現実には起こりえないような奇跡も欲しいところなのだが、実話を基にしているためか限界がある。スピルバーグあたりの映画なら、もっとファンタジー寄りの内容になっていただろう。そこが少し物足りない点ではある。その物足りなさを救っているのがジョニー・デップとケイト・ウィンスレットの演技で、デップがうまいのには驚かないが、薄幸な身の上の未亡人を毅然と演じるウィンスレットは母親役にも違和感がなく、随分うまくなったなと思う。
1903年のロンドンが舞台。バリ(ジョニー・デップ)の新作「リトル・メアリー」はさんざんな出来で、翌日の新聞でも酷評される。失意のバリは愛犬のポーソスを連れて公園に出かける。そこでバリはデイヴィズ家の4人の兄弟と母親のシルヴィア(ケイト・ウィンスレット)に出会う。4人の兄弟のうち、三男のピーター(フレディ・ハイモア)だけは1人、兄弟の遊びの輪から外れていた。ピーターは父親の死のショックから、空想の世界に入ることを拒否していた。バリの妻メアリー(ラダ・ミッチェル)はシルヴィアが社交界の名士デュ・モーリエ夫人(ジュリー・クリスティ)の娘と知り、夕食に招待する。夕食会は愉快なものにはならなかったが、バリはデイヴィズ家に頻繁に足を運ぶようになる。子供たちと一緒に遊びに興じているうちにバリにはある物語の着想が固まり始める。幼い頃に兄を亡くしたバリは決して大人にならなネバーランドという場所を心に思い描いていた。
映画は病に倒れるシルヴィアとバリの抑えた愛の描写を挟みつつ、舞台「ピーター・パン」の創作過程を描いていく。バリ自身のキャラクターとピーターのキャラクターが交差していくところが、脚本のうまいところ。「ピーターは早く大人になろうとしてる。大人になれば傷つかずにすむと思って」というバリのセリフはそのままバリ自身にも言えることなのだろう。実際にはバリと妻の離婚などドロドロしたものがあっただろうが、映画はそれをさらりと描いている。映画の本質はそういう部分にはないので、これは賢明な判断。なぜ信じる力が必要なのか、なぜ人は物語を必要とするのかまでもっと踏み込んで描けば、さらに深い映画になったと思う。「チョコレート」でも感じたことだが、フォースターの演出は画面構成のメリハリに欠ける部分がある。淡泊な人なのではないかと思う。
劇場の興行主を演じるのがスピルバーグの「フック」でフック船長を演じたダスティン・ホフマン。別にホフマンでなくても良い役柄なので、これは監督の遊び心なのかもしれない。
【データ】2004年 1時間40分 アメリカ=イギリス 配給:東芝エンタテインメント
監督:マーク・フォースター 製作:リチャード・N・グラッドスタイン ネリー・ベルフラワー 脚本:デヴィッド・マギー 原作戯曲:アラン・ニー「The Man Who Was Peter Pan」 製作総指揮:ボブ・ワインスタイン ハーヴェイ・ワインスタイン ミシェル・サイ ゲイリー・ビンコウ ニール・イスラエル 共同製作:マイケル・ドライヤー 撮影:ロベルト・シェイファー プロダクション・デザイン:ジェマ・ジャクソン 衣装デザイン:アレクサンドラ・バーン 音楽:ヤン・A・P・カチュマレク
出演:ジョニー・デップ ケイト・ウィンスレット ジュリー・クリスティ ラダ・ミッチェル ダスティン・ホフマン フレディ・ハイモア ジョー・プロスペロ ニック・ラウド ルーク・スピル イアン・ハート ケリー・マクドナルド アイリーン・ラッセル ジミー・ガードナー オリバー・フォックス アンガス・バーネット ケイト・メイバリー ローラ・ドゥグッド
製作・脚本がアンドリュー・ロイド=ウェバーだったので、演出にも絡んでいるのかと思ったら、監督はジョエル・シュマッカーだった。うーん、シュマッカー、何をやっておるのか。IMDBでの評価がそこそこいいのが不思議だが、個人的にはさっぱり面白くなかった。主演の3人のキャラの立たせ方が決定的に足りないと思う。美男美女の2人はどう描いても美男美女なので仕方がないにしても、ファントムのキャラクターをもっと陰影に富んだものにしないと、単なるストーカーにしか見えない。キャラクター描写が希薄だから、エモーションも高まってこない。だからセリフの代わりに歌で描かれるクライマックスはなんだかいらいらしてしまう。キネマ旬報2月上旬号でシュマッカーは「ミュージカルは「全然(好きじゃない)」「ダーク・ムービーの方が好き」と語っており、この題材に惹かれたのもダークな部分らしい。それにしてはダークさも足りないが、それはウェバーとの駆け引きがあったのかもしれない。単純な話なのに2時間23分と無駄に長いのも腹立たしい。
モノクロで描かれる廃墟のオペラ座がよみがえって物語の時代にさかのぼるジャンプショットはすこぶる映画的な技法である(残念なことに予告編で何度も見せられたので印象は薄くなった)。シュマッカーは所々にこうした映画的な見せ方を取り入れており、舞台を映画に置き換えようと努力した跡は伺われる。ただ、全編のハイライトである絢爛豪華な仮面舞踏会のシーンの演出では舞台をそのまま撮ったような見せ方で、ミュージカル映画の呼吸はない。これは監督がミュージカルを知悉しているかどうかに関わってくることなのだろう。登場人物たちが、セリフの代わりに歌で気持ちを表現することの不自然さを不自然に感じさせない演出が必要なのに、そうした部分はあまり考慮されていないように見える。ドラマと歌をどのように融合させるか、という努力はないように思えた。
歌1曲で観客を引きつけたり、踊りだけで引き込んだりするような部分も見あたらない。ファントム役のジェラルド・バトラー、クリスティーヌのエミー・ロッサム、ラウル役のパトリック・ウィルソンはそれぞれに歌はうまいのだけれど、例えば、「ムーラン・ルージュ」で決定的にうまさを際だたせたユアン・マクレガーのような驚きと魅力には欠ける。及第点はクリアしていても、突出した部分がないのである。スター性がないと言うべきか。
ウェバーとしては、舞台は残らないので後世に残る映画にしておきたかったと意図があったのだという。映画としての完成度の前に、映画の記録性の部分に着目したわけだ。それにしても、バズ・ラーマンのようなミュージカルの分かった監督が撮っていれば、もっと映画的なミュージカルになっていたのではないかと思う。チラシにはアカデミー賞最有力作品とあるが、ノミネートされたのは主題歌、美術、撮影の3部門だった。
【データ】2004年 アメリカ 2時間3分 配給:ギャガ=ヒューマックス
監督:ジョエル・シュマッカー 製作・作曲・脚本:アンドリュー・ロイド=ウェバー 原作:ガストン・ルルー 製作総指揮:ポール・ヒッチコック オースティン・ショウ 美術:アンソニー・プラット 共同製作:エリ・リッチバーグ 撮影:ジョン・グリッドロッド 音楽共同製作:ナイジェル・ライト 音楽スーパーバイザー・指揮:サイモン・リー 振付:ピーター・ダーリング 衣装:アレキサンドラ・バーン
出演:ジェラルド・バトラー エミー・ロッサム パトリック・ウィルソン ミランダ・リチャードソン ミニー・ドライヴァー シアラン・ハインズ サイモン・カロウ ジェニファー・エリソン
ロバート・ラドラムのベストセラーを映画化した「ボーン・アイデンティティー」の2年ぶりの続編。記憶喪失の元CIAエージェント、ジェイソン・ボーンをマット・デイモンが再び演じる。監督はダグ・リーマンからポール・グリーングラスに替わったが、スピーディーな展開と切れ味のあるアクションは継承している。感心したというか、目立っているのは編集で、同じカットを3秒以上見せないとでも意図したのか、カットが細かく切り替わる。これがスピーディーな印象を与える要因でもあるのだが、目まぐるしすぎてアクション場面などでは逆にダイナミズムを欠く結果になっている。どこがどうなったのかよく見えないし、細かくカットを割りすぎると、重みを欠くものなのである。
その目まぐるしさが落ち着くのが、クライマックスの後のエピローグ的な場面。ここが全体の締めに当たる部分なのに、それまでの物語で主人公のこういう意図を見せていないのであまり効果を上げていない。前作に続いて脚本を書いたテリー・ギルロイは「ジェイソン・ボーンは元暗殺者なので復讐劇にはできなかった」として、今回の映画を「償いの旅」とまとめているが、償いの部分がこの場面に唐突に出てくる印象にしかなっていない。水準をクリアしたスパイ・アクションだけれど、話の作りはうまくないと思う。スピーディーさばかりでは結局、一本調子になってしまう。緩急を付けた演出と伏線を十分張った物語が望まれるところなのである。
前作から2年。ジェイソン・ボーンはマリー(フランカ・ポテンテ)とインドで暮らしている。記憶は完全には戻らず、悪夢にうなされる日々だ。そのころ、ベルリンでCIAの女性諜報員パメラ・ランディ(ジョアン・アレン)は組織の不祥事に関する調査に当たっていた。公金横領の資料を手に入れようとしたが、何者かが取引現場を襲撃し、2人が殺されてしまう。現場にはボーンの指紋が残っていた。インドではボーンが襲撃され、逃走中にマリーを殺されてしまう。ボーンは事件の真相を探るため、ヨーロッパに向かう。CIAもボーンを事件の犯人として、追跡を開始する。事件の背景にはトレッドストーンという計画があるらしい。パメラは計画の責任者だったアボット(ブライアン・コックス)を問いただす。
ボーンにとっては巻き込まれ型の展開だが、最愛のマリーを殺されたのだから、復讐劇にしてしまった方がすっきりしたと思う。それが「償い」の話になるのはボーンが途中で記憶を取り戻し、過去の仕事を後悔するからだ。このあたりをもっと深く描けば、映画はアクションだけが目立つような出来にはならなかっただろう。それには記憶を取り戻す場面をもっとドラマティックに描く必要があったし、ボーンの苦悩も深く描いた方が良かっただろう。前作を僕は底が浅いと思ったが、今回も同じような感想を持った。
マット・デイモンは前作同様、アクション場面も無難にこなして凄腕のエージェントを好演している。ただ、こういうハードな映画の主人公としてどうかというと、ハードさが足りない部分はあると思う。映画全体もハードな部分が意外に希薄なのは演出がスピーディーではあっても、重みに欠けるからではないか。
【データ】2004年 アメリカ 1時間48分 配給:UIP
監督:ポール・グリーングラス 製作総指揮:ダグ・リーマン ジェフリー・M・ウェイナー ヘンリー・モリソン プロデューサー:フランク・マーシャル パトリック・クロウリー ポール・L・サンドバーグ 原作:ロバート・ラドラム 脚本:トニー・ギルロイ 撮影:オリバー・ウッド 衣装デザイン:ディナ・コリン 音楽:ジョン・パウエル
出演:マット・デイモン フランカ・ポテンテ ブライアン・コックス ジュリア・スタイルズ カール・アーバン ガブリエル・マン ジョアン・アレン