予告編ではテロリストの手に渡ったポータブル核爆弾を9日間の期限内に取り戻すシリアスな話のように描かれていたが、本編はまったく違う。殺されたエージェントの身代わりを務めさせるため、CIAがその双子の弟を見つけ出し、9日間で訓練を受けさせる(双子の弟がいるとは実に都合の良い設定だ。これがそもそもシリアスな映画ではありえない)。テロリストとの交渉はそこから始まるわけで、なぜ「9デイズ」というタイトルにしたのかよく分からない(原題は“Bad Company”)。主人公を演じるのはスタンダップ・コメディアン出身で、テレビの「サタデー・ナイト・ライブ」で人気を得たクリス・ロック。もともとの設定がコメディにしかならないような類のものなので、コメディタッチで作れば良かったものを、ジョエル・シュマッカー監督の演出はシリアスなのか、コメディなのかどっちつかずで、極めて歯切れが悪い(この監督は「セント・エルモス・ファイアー」とかシリアスな映画の方がいい)。主役を代えるか、監督を代えるかしなければ、成立しない映画なのである。こんな話で映画製作にゴーサインを出したジェリー・ブラッカイマーもよくよく見る目がないと思う。
だいたい、クリス・ロックとアンソニー・ホプキンス(CIAで作戦の現場指揮を務める)という組み合わせがまずダメである。このミス・マッチとも思える組み合わせは面白い効果を狙った上でのことだったようだが(名優ホプキンスを出すことで映画興行上の保険の意味もあっただろう)、見事に外れている。ホプキンスはシリアス、クリス・ロックはコメディ路線を勝手に進むだけだから、バランスが悪いことこの上ないのである。クリス・ロック自身、映画の主演を張るほどの風格はないし、字幕がセリフの面白さを伝えていないことを差し引いてもほとんど退屈である。パンフレットにあるホプキンスのインタビューを読むと、ホプキンスもまったくこの映画に愛着を持っていないことがよく分かる。コメディを演じようという気はさらさらなかったのだろう。
ジョエル・シュマッカーの演出は冒頭のエピソードから手際が悪すぎる。話がその後ちっとも面白くならないので、後半に連続するアクションは見ていて虚しいだけ。アクション場面をダラダラとつないでいるだけで、緊張感もなにもない。破壊につぐ破壊で笑いを取ろうとするさもしいコメディが時々あるが、そういう映画と大差ないレベルである。シュマッカーという人はつくづくB級から抜け出せない人だな、と思う。加えて、敵のテロリストの描き方が足りないので、勝手に仲間割れをするバカな連中にしか見えない。死んだ兄の恋人(ガルセル・ビュヴァイス=ナイロン)とクリス・ロックのドタバタシーンのようなバッサリ切ってもなんらストーリーには影響を及ぼさないシーンを削って、テロリストを十分に描いた方が良かったのではないか。
【データ】2002年 アメリカ 1時間57分 配給ブエナビスタインターナショナルジャパン
監督:ジョエル・シュマッカー 製作:ジェリー・ブラッカイマー マイク・ステンソン 製作総指揮:チャド・オーマン クレイトン・タウンゼント ラリー・シンプソン ゲリー・グッドマン 原案:ゲリー・グッドマン マイケル・ブラウニング 脚本:ジェイソン・リッチマン マイケル・ブラウニング 撮影:ダリウス・ウォルスキー プロダクション・デザイン:ヤン・ロルフス 衣装デザイン:ベアトリス・パッツアー 音楽:トレバー・ラビン
出演:アンソニー・ホプキンス クリス・ロック ガブリエル・マクト ピーター・ストーメア ジョン・スラッテリー ガルセル・ビュヴァイス=ナイロン ケリー・ワシントン マシュー・スミス ブルック・スミス
ドリームワークスのタイトルにジジジとノイズが入る幕開けがいかにもという感じである。ホラー映画ブームを起こした「リング」(1998年、中田秀夫監督)の非常に良くできたリメイクと思う。ゴア・ヴァービンスキーは去年のワースト「ザ・メキシカン」の監督で、あの映画で技術的に優れたものは皆無と見たが、それが逆にオリジナルに忠実な作りになった要因かもしれない。アメリカでは字幕を付けて公開する代わりにリメイクしてしまうことが普通に行われる。これは日本版の素直な翻訳映画化と言える。
もちろん、舞台をアメリカに移し替えることで話の細部は鈴木光司の原作とも日本版映画とも少し異なるのだが、そのニュアンスは日本版映画の方をそのまま踏襲している。冒頭の女子高生2人の描写からクライマックスのような怖さ。見たら1週間で死ぬというビデオを見てしまったシアトル・ポストの記者レイチェル(ナオミ・ワッツ)が死から逃れるために必死の調査を行う。元夫のノア(マーティン・ヘンダーソン)にもビデオを見せ、あろうことか自分の子供エイダン(デヴィッド・ドーフマン)までビデオを見てしまう。追い詰められたレイチェルはビデオの裏にサマラ(ダヴェイ・チェイス)という少女の存在を見つけ出す。
サマラが超自然的な能力の持ち主であることは貞子と共通するのだが、貞子より年齢設定はずっと下である。サマラは貞子のように超能力を持つ母親からの因縁はなく、ある島に住む子供のできない夫婦(60回以上の流産)にもらわれてきた少女であるという設定となっている。このサマラの調査の過程で怖さが少し薄れるのは呪いに理屈を付けていく部分だから仕方がない(その代わり日本版にはない馬のシーンが用意されている)。日本版の高橋洋脚本がホラー映画として優れていたのは貞子を問答無用の化け物にしてしまったことで、丁寧に葬ったから成仏したかと思いきや、それをひっくり返す終盤の描写が見事だった。日本の観客は「リング」で問題の驚愕シーンを見ているから驚かないだろうが、アメリカの観客はここで度肝を抜かれたのではないか。その描写は日本版と共通しながら、SFXは当然のことながら上だし、サマラの顔はずっと化け物じみている。いやー、怖い怖い。これが昼間の描写ではなく、夜だったらもっと怖かっただろう。日本版も含めて、ここの描写は実はつじつまが合わないのだが、映像の力業でなんとなく納得してしまう。
ヴァービンスキーの演出は荒野に立つ1本の木やサマラの閉じこめられた部屋、夜のとばりが降りてくる描写(真っ赤な楓が夕陽に照らされて赤く輝き、しだいに黒くなっていく)などに視覚的な冴えを見せる。ショッカー的演出が随所にあるのはずるいぞ、と思うが、まず合格点だろう。超能力の持ち主を日本版の高山(真田広之)=ノアからエイダンに移し替えたのは賢明な選択。「サマラを解放したの?」というエイダンのセリフが効いている(脚本は「スクリーム3」「レインディア・ゲーム」などのアーレン・クルーガー)。ハンス・ジマーの音楽が日本的な恐怖を盛り上げ、メイクアップのリック・ベイカーはとても怖い死体を見せてくれる。しかし、一番の魅力は美しくて知的なナオミ・ワッツであり、主演女優は日本版(松島菜々子)を軽々と超えていた。
【データ】2002年 アメリカ 1時間56分 配給:アスミック・エース
監督:ゴア・ヴァービンスキー 製作総指揮:マイク・マッカリ ロイ・リー ミシェル・ウェイスラー 製作:ウォルター・F・パークス ローリー・マクドナルド 原作:鈴木光司 脚本:アーレン・クルーガー 撮影:ボージャン・バゼリ プロダクション・デザイン:トム・ダフィールド 衣装:ジュリー・ワイズ 音楽:ハンス・ジマー 特殊メイクアップ:リック・ベイカー VFX監修:チャールズ・ギブソン
出演:ナオミ・ワッツ マーティン・ヘンダーソン デヴィッド・ドーフマン ブライアン・コックス アンバー・タンブリン レイチェル・ベラ ダヴェイ・チェイス
ノリのいい音楽で綴られるアクション映画。007と正反対の性格のシークレット・エージェントを主人公にして(冒頭に007風のエージェントが敵に殺される場面がある)、特色を出そうとしたのだろうが、やはり007的な展開からは抜け切れていない。というか、ほとんど007。主人公が各種の秘密兵器を使ったり、終盤、テロリスト・グループが荒唐無稽な人類抹殺兵器を出してくるあたり、少し前の007そのままだ。ロブ・コーエン監督のアクション場面の撮り方は悪くないし、スキンヘッドで主演のヴィン・ディーゼル(「ピッチブラック」)も相手役のアーシア・アルジェントも(声がかわいければ、もっと)良いのだが、残念なことにストーリー・テリングが大ざっぱすぎる。主人公の行動に説得力を持たせる要素と緻密な演出が必要だったのだと思う。しかし、少なくとも同じチェコを(冒頭で)舞台にした「9デイズ」などよりは相当いい。雪崩からスノボーで逃げるシーンや爆発の中をオートバイで駆け回るアクションなど、CGやスタントを使っているのがありありなのだが、それなりに見せてくれる。これにはディーン・セムラーの撮影も貢献しているようだ。アクション場面だけをのんびり見て楽しむ気楽な作品というところか。
チェコのテロリスト・グループ、アナーキー99に情報部員3人を殺されたNSA(国家安全保障局)のギボンズ(サミュエル・L・ジャクソン)は従来の情報部員では立ち向かえないと判断。上院議員の車を盗んで橋からジャンプしたザンダー・ゲイジ(ヴィン・ディーゼル)に白羽の矢を立てる。ザンダーは過酷なテストを受けさせられた後、刑務所に行くか、チェコに行くかの二者択一を迫られ、渋々シークレット・エージェント役を引き受ける。アナーキー99のリーダー、ヨーギ(マートン・チョーカシュ)に接近したザンダーは組織に潜入し、組織の壊滅を図る。ストーリーはいたって簡単。それを所々に大がかりなアクションを挟んで見せていく。構成としてはありふれた映画である。アクション映画の敵は近年、テロリストと相場が決まっているが、この映画に登場する組織にリアリティはなく、その意味でも007的アクションの枠を超えてはいない。ただ、個人的には主人公の心情とアクションが密接にかかわった映画が好きなのだが、こういう軽い作品をまったくダメと言うつもりはない。
いかつい風貌ながら、人の善さが透けて見えるヴィン・ディーゼルはブルース・ウィリスのような路線を歩むといいかもしれない。映画にあまり魅力はないが、ディーゼルの本格的主演映画のスタートとしてはまずまずと思う。「ダイ・ハード」のような完成度の高い脚本にめぐり逢うことはなかなか難しいものだ。顔にやけどの傷を持ち、スカーフェイスと呼ばれるギボンズを演じるサミュエル・L・ジャクソンはいつも通りの演技。アーシア・アルジェントはその名前の通り、ダリオ・アルジェント監督の娘で、監督作品もあるそうだ。
【データ】2002年 アメリカ 2時間4分 配給:東宝東和
監督:ロブ・コーエン 製作総指揮:アーネ・L・シュミット トッド・ガーナー ヴィン・ディーゼル ジョージ・ザック 製作:ニール・H・モリッツ 脚本:リッチ・ウィルクス 撮影:ディーン・セムラー プロダクション・デザイン:ギャビン・ボクエット 音楽:ランディ・エデルマン 衣装:サーニャ・ミルコビック・ヘイズ 特殊視覚効果:ジョエル・ハイネック
出演:ヴィン・ディーゼル アーシア・アルジェント マートン・チョーカシュ サミュエル・L・ジャクソン マイケル・ルーフ リッキー・ミューラー ヴェルナー・ダーエン ペトル・ヤクル ジャン・フィリペンスキー トム・エヴェレット ダニー・トレホ トーマス・イアン・グリフィス
無理な車線変更をした白人ヤッピーが黒人ブルーカラーの男の車と接触、示談の話もせず、白紙の小切手を押しつけて早々に現場を立ち去る。ヤッピーは弁護士で裁判所に遅れてはと思ったのだ。焦っていたヤッピーは裁判所に提出するはずの重要な書類を現場に落とす。黒人の方も離婚調停のため裁判所に行く必要があった。事故のせいで20分遅れ、妻に親権を取られてしまう。黒人は書類を拾っていたが、ヤッピーの仕打ちに腹を立て、返そうとしない。怒ったヤッピーは脅迫のため黒人をコンピューター操作で破産させてしまう。という予告編以上のものがあるかどうかあまり期待せずに見たら、面白かった。サスペンス映画的な展開がアメリカ映画得意のモラルの回復や人生の再生といったテーマを描く映画に変わる。「チェンジング・レーン」というタイトルは単なる車線変更ではなく、間違った人生の変更も意味しており、よく練られた脚本だと思う。
弁護士が落とした書類はある財団の運営を弁護士が勤務する法律事務所に委託することを証明するものだった。弁護士自身が死にかけた老人にサインさせたものだが、振り返ってみれば老人がサインの意味を理解していたかどうか、疑わしい。そして事務所の経営者2人が財団から300万ドルを横領していたことが分かる。弁護士は経営者の娘と結婚しており、そうした不正を暴けば、自分の首を絞めることになる。それは今の安楽な生活を捨てることを意味する。妻はすべての事情を知った上で、偽の書類を裁判所に提出するよう頼む。
なかなか考えてあるシチュエーションだと思う。弁護士を演じるのはベン・アフレック、黒人ブルーカラーはサミュエル・L・ジャクソン。事務所の経営者をシドニー・ポラックが演じる。アフレックは登場したときには嫌な男なのだが、その後の変化をうまく演じたと思う。サミュエル・L・ジャクソンは元アルコール中毒で、別居した妻はオレゴンへ移住しようとしているという設定。妻子を引き留めるためにアパート購入のローンを組んでいた。すぐに書類を返そうとするが、データを書き換えられ破産させられたことでローン契約は破棄され、怒りを募らせる。アフレックとジャクソンの感情的な行き違いから事態が最悪の状況になっていく中盤の展開はサスペンスに満ちている。
しかし、脚本が優れているのは、安っぽい正義感を否定した上でやはり理想的な結末に至らせていることだ。ポラックはアフレックに対して、自分は(不正もしているが)トータルでは公益のある仕事をしていると話す。人生はトータルで評価される、善と悪を差し引けば、自分は善だというのが実に偽善者らしい言い分である。普通なら主人公はこうした偽善的な世界からドロップアウトするのかと思うが、これもよく考えた結末となっている。脚本は主人公の心変わりの契機として、車線変更による事故のほかに、事務所に面接に来た青年の理想的な言葉も用意している。ある1日の体験が弁護士をかつて志した道へと戻すわけだ。監督は「ノッティング・ヒルの恋人」のロジャー・ミッチェル。見応えのある作品にまとめた手腕に感心した。
【データ】2002年 アメリカ 1時間38分 配給:UIP
監督:ロジャー・ミッチャル 製作:スコット・ルーディン 脚本:チャップ・テイラー マイケル・トルキン 原案:チャップ・テイラー 製作総指揮:ロン・ボズマン アダム・シュローダー 撮影:サルバトーレ・トディノ プロダクション・デザイン:クリスティ・ズィー 衣装:アン・ロス 音楽:デヴィッド・アーノルド
出演:ベン・アフレック サミュエル・L・ジャクソン キム・スタウントン トニ・コレット シドニー・ポラック リチャード・ジェンキンス アマンダ・ピート ウィリアム・ハート