スパイ・ゾルゲ

「スパイ・ゾルゲ」パンフレット細かいことから始めるなら、ロシア人もドイツ人も外国人の話す言葉はすべて英語というこの映画の取った手法は間違っている。少なくとも昭和史を描く覚悟があるなら、ロシア語とドイツ語ぐらいしゃべれる俳優を用意しなくてはいけない。さらに細かいことを言えば、2.26事件の将校たちが処刑される場面で頭を撃たれたのに「天皇陛下バンザイ」などと叫ぶのはおかしい。このほかにもたくさんツッコミどころのある映画で、主演のイアン・グレン(「トゥームレイダー」)がまるで木偶の坊であるとか、女優たちはいったい何のために出てきたんだか分からないとか、主人公がゾルゲか尾崎秀実(本木雅弘)か揺れ動くとか、いくらなんでも3時間2分は長すぎるとか、話に起伏がなさすぎるとか、もう挙げていったらきりがない。篠田正浩監督、本当にこの映画で引退するのか。

実在の大物スパイ・ゾルゲを中心にして激動の昭和初期を描くというアイデアだけは良かった。篠田正浩が間違ったのは描くのは人間ではなく状況だ、と考えたことだ。状況を作り出すのは人間なのだから、まず何を置いてもそういう状況を作り出した人間を描かなくてはいけない。戦前の上海から始まって満州事変や2.26事件を経て開戦に至る昭和の歴史を単に順番に並べただけで話にまったく深みがない。それは人間を描いていないからにほかならない。

映画は「スター・ウォーズ エピソード2 クローンの攻撃」でも使われたHD24pでハードディスクに撮影されたそうだ。昭和初期の東京や上海を描くためにCGが必須だったからで、確かに違和感なく当時の風景が再現されているのだが、そうしたCGを駆使した映像をいくら使っても時代のリアルな雰囲気は意外なほど出てこない。人の営みや苦しみなど普通の風景と感情が映画からすっぽり抜け落ちているからだろう。無味乾燥な映画なのである。だいたい、観客はだれに感情移入してこの映画を見ればいいのか。ナレーションが尾崎になったり、ゾルゲになったりするようではストーリーテリングの基礎をわきまえていないと思われても仕方がないだろう。

いっそのことゾルゲでも尾崎でもなく、別の第3者の視点から物語を組み立てた方が良かったのではないかと思う。この映画の一番の弱さがこの昭和史を極めて表面的になぞっただけのつまらない脚本にあることは間違いなく、これが故笠原和夫ならな、と思わずにはいられない。笠原和夫なら恐らく、沖縄出身でアメリカ人からも日本人からも差別され、共産主義に希望を見いだした宮城与徳(永澤俊矢)の視点から話を語ったのではないか(篠田正浩も途中でそれを考えたという)。映画のクレジットに出てくる参考文献を篠田正浩は簡単にまとめただけなのだろう。脚本を17稿書いたとはいっても、出来がこれではお話にならない。

見ている間中、凡庸という言葉が頭に浮かんでいた。篠田正浩はこんなに凡庸だったのか。話の語り方、表現、手法のことごとくが新人監督が撮ったように青臭くて下手である。ラストに流れる「イマジン」の使い方など、もう当たり前すぎて、教条主義的で情けなくなる。前作の「梟の城」(1999年)の時にも思ったのだが、篠田正浩は60年代から70年代初めまでで才能を消費し尽くしてしまったのではないか。かつては傑作を連発した監督の引退作としてはあまりにも哀しい出来である。

【データ】2003年 3時間2分 配給:東宝
監督:篠田正浩 製作:篠田正浩 エグゼクティブ・プロデューサー:原正人 原作:篠田正浩 脚本:篠田正浩 ロバート・マンディ プロデューサー:鯉渕 優 撮影:鈴木達夫 音楽:池辺晋一郎 衣装デザイン:森英恵 美術:及川一 VFXプロデューサー:大屋哲夫 VFXスーパーバイザー:川添和人
出演:イアン・グレン 本木雅弘 椎名桔平 上川隆也 永澤俊矢 葉月里緒菜 小雪 夏川結衣 榎木孝明 岩下志麻 大滝秀治 吹越満 鶴見辰吾 津村鷹志 河原崎健三 竹中直人 佐藤慶 加藤治子 麿赤児 花柳錦之助 石原良純

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恋愛寫眞

Collage of Our Life

「恋愛寫眞」の広末涼子あの「ケイゾク/映画」 「トリック−劇場版−」の堤幸彦が監督したラブストーリー。広末涼子と松田龍平主演で、松竹タイトルの富士山の火口がカメラのレンズに重なって始まるデジタルなタイトルバックから良い出来である。前半、カメラマン志望の大学生・松田龍平がちょっと変わった女子大生・広末涼子に出会い、同棲し、ふとしたことで破局を迎える描写の切なさを見ていて、これはもしかしたら大傑作なのではないかと思ったのだが、ニューヨークに舞台を移した後半はテレビの2時間ドラマを見るような展開で、急に失速してしまう。ラスト近くのエピソードで映画は盛り返すのだが、非常に惜しい。前半をもう少し膨らませて、後半を簡単な描写にとどめれば、映画の出来はもっと良くなったはずだ。前半100点満点、後半60点程度の出来なのである。

広末涼子は「これは男の子の目線から描いたラブストーリー」とパンフレットのインタビューで答えているが、その通りの内容だ。誠人(松田龍平)は同棲した静流(広末涼子)に写真を教えて、2人一緒に写真雑誌のコンテストに応募する。誠人は落選するが、静流は新人奨励賞に選ばれる。ずっと写真を続けてきた自分より静流の方が才能があるのか。そんな思いに駆られて、誠人はいたたまれなくなり、静流をアパートから追い出してしまう。「ずっと一緒にいたかっただけなの。誠人と同じことをして」という静流の別れ際のセリフが泣かせる。静流は男にとって理想的な女なのであり、ヒロスエが言う男の目線というのはこういう部分を指している。

とにかく前半のヒロスエが素晴らしく良い。チャーミングな表情の一方で、私生児で家庭的には恵まれなかった静流の生い立ちも含めた深い演技を見せる。加えてタイトル通り、写真(撮影は斎藤清貴)を多用してあるが、その1枚1枚が実に良い出来である。堤監督は撮影にも凝っており、この前半の切ないラブストーリーをもっともっと見ていたかった。

3年後、誠人にニューヨークへ行った静流から手紙が来る。写真の個展を開くという案内だった。誠人はその手紙を捨ててしまうが、大学の同窓生から静流が1年前に死んだらしいとの噂を聞く(映画はこの「死んだ恋人からの手紙が来た」というアイデアが先にあったらしい)。手紙をもらったのに死んでいるわけがない。誠人は自分の目で確かめるためにニューヨークへ行く。ここからのタッチがいつもの堤幸彦の映画を思わせるものであまり良くない。チンピラにボコボコにされた誠人を助ける日本びいきの牧師の描写など不要だと思う。静流のニューヨークの友人役を演じる小池栄子を評価する人もいるようだが、僕はあまり買わない。

全体としてこれは、なくして初めてなくしたものの重要さに気づく男の話で、若いからこその失敗の話であり、それを乗り越えて成長していく話でもある。20歳になったばかりの松田龍平には(たどたどしい英語のナレーションも含めて)少し荷が重い役だったかもしれない。しかし、広末涼子に関しては十分に満足できる映画であり、これが今のところのヒロスエの代表作になった観がある。全編に流れる音楽(見岳章、武内亨)と主題歌の山下達郎「2000トンの雨」も良かった。

【データ】2003年 1時間51分 配給:松竹
監督:堤幸彦 プロデューサー:植田博樹 田沢連二 原克子 市山竜次 脚本:緒川薫 音楽:見岳章 武内亨 VFX:原田大三郎 撮影:唐沢悟 美術:佐々木尚
出演:広末涼子 松田龍平 小池栄子 山崎樹範 西山繭子 高橋一生 原田篤 ドミニク・マーカス ノーマ・チュウ ステファニー・ワン 江藤漢斉 佐藤二朗 岡本麗 大杉漣

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バトル・ロワイアルII 鎮魂歌

「バトル・ロワイアルII 鎮魂歌」パンフレット前作は 傑作だったと思う。あの映画で深作欣二は中学生同士の殺し合いを戦争のメタファーとして描いた。自分の戦争体験を交えて熱く熱く描き、物語の弱さを感じさせない映画に仕上げていた。映画は一にも二にも三にもスジだと僕は思うが、描写のエネルギッシュさがありきたりの物語を凌駕して傑作を生むこともあるのだ。

今回はまさに戦争である。バトル・ロワイアルに生き残った七原秋也(藤原竜也)はテロ組織「ワイルドセブン」のリーダーとして爆弾テロを行い、政府から追われている。島に立てこもった組織殲滅のため、政府はバトル・ロワイアルII(BRII)法を制定、落ちこぼれの集まった中学校のクラス42人に七原秋也殺害を命じる。今回も生徒たちは首輪をはめられている。前回と違うのは出席番号のペアで片方が死ぬと、もう一人の首輪が爆発する仕掛け。前作で殺害された教師キタノ(ビートたけし)の娘シオリ(前田愛)は秋也に会うため、BRIIに参加する。

生徒たちが島にボートで上陸する場面は映像のタッチも含めて「プライベート・ライアン」そのまま。しかし、どうも「戦争ごっこ」という感じがつきまとう。もちろんBRIIはゲームなのだが、少なくとも前作の生徒たちにはゲームを超えた必死の思いがあった。テロに明確な理由がないことも「ごっこ」感を加速する。秋也は犯行声明で「俺たちはすべての大人に宣戦布告する」と話す。これがもう幼稚な考えとしか思えない。すべての大人ではなくBR法を制定した一部の政治家であり、社会を牛耳る権力、大企業を標的にしないと、単なる馬鹿である。革命にはイデオロギーが必要だし、民衆を味方にしないと成功しないものなのである。冒頭、東京の高層ビルがテロの爆破によって次々に崩れ落ちていくシーン(9.11の露骨な影響だ)は視覚的には面白いものの、こういう浅は かな考えに基づくのでは著しく興ざめだ。

総じて脚本を練る時間がなかったとしか思えないストーリーである。事実、キネマ旬報7月下旬号の製作ドキュメントを読むと、深作健太から脚本の直しを要請された木田紀生には1カ月も与えられず、最終稿が完成したのは撮影開始の2日前というハードスケジュールだ。深作欣二の病状が緊迫していた時だし、撮影が1カ月遅れていたという事情はあるにせよ、あまりにも無茶である。映画の基礎が不十分なので、完成した映画にも一本芯が通っていない。秋也たちテロリストの思想をどう固めるか、そこに十分時間をかけるべきだった。

深作欣二ならまだ、中学生の話を開き直ってオヤジ映画にしてしまえる技量があったが、監督デビューの深作健太にそれを要求するのは酷だろう。前作では生徒たちの死に方が多面的に描かれていた。今回はどれも同じような一面的な描写に終始する。このあたりにも工夫が欲しかった。何より「ワイルドセブン」の主要メンバーとして役を割り振りながら、スナイパー役の加藤夏希にほとんどセリフも見せ場もないのが大いに不満。ほかの役者も見せ場らしい見せ場はなく、忍成修吾と酒井彩名と前田愛と藤原竜也が中心。生徒たちの集団劇が今回の主軸ではないにせよ、キャラクターの描写不足が致命傷になった観がある。若い役者たちが、ちょっとだけ出てくるビートたけしや三田佳子、オーバーアクト気味の怪演を見せる教師RIKI役の竹内力に場面をさらわれてしまっているのはそのためだ。この映画で唯一光るのは、回想の中で描かれるたけしと前田愛の絶望的に理解しあえない親子の場面。戦争アクションに色目を使わず、もっとこれを前面に出した構成にした方が良かったのではないかと思う。

【データ】2003年 2時間13分 配給:東映
監督:深作欣二 深作健太 エグゼクティブ・プロデューサー:佐藤雅夫 早河洋 プロデューサー:片岡公生 河瀬光 脚本:深作健太 木田紀生 撮影:藤沢順一 アクション監督:諸鍛冶裕太 美術:磯見俊裕 音楽:天野正道
出演:藤原竜也 前田愛 忍成修吾 酒井彩名 末永遥 黄川田将也 柴木丈瑠 伊藤友樹 勝地涼 神戸みゆき 桂亜沙美 加藤夏希 真木よう子 千葉真一 津川雅彦 前田亜季 ビートたけし(パンフレットの表記による) 三田佳子 竹内力

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踊る大捜査線 The Movie2 レインボーブリッジを封鎖せよ!

「踊る大捜査線 The Movie2 レインボーブリッジを封鎖せよ!」パンフレット 5年前の映画版第1作でおおおおお、と思ったのは青島(織田裕二)が「天国と地獄だああ」と叫ぶシーンだった。そこで座り直して、この脚本家はえらいと思った。君塚良一の名前を認識したのは、遅まきながらこの時。今回、最初の方に「天国と地獄」のビデオのパッケージが出てくるのはご愛敬である。映画の引用で言えば、今回は「砂の器」+「機動警察パトレイバー2」が入っている。「砂の器」に関しては方言の使い方がそのままだし、見ている人にはすぐに分かる。「パトレイバー2」は意識しなかったのかもしれない。進化する街・お台場を舞台にしていることで、必然的に似てきたのだろう。5年前、空き地が目立ったお台場は今や年間4000万人が訪れる観光・レジャースポットになった。そのお台場の地理が物語の重要なポイントになっているし、冒頭、SAT(警視庁特殊急襲部隊)が豪華客船に突入する場面の呼吸もパトレイバー的だった。現場のズッコケ組が事件解決に大きな役割を果たすというのも特車2課の面々の活躍と同じである。ただ、犯人側のスケールが「パトレイバー2」に比べると、ずっと小さい。この程度の犯人の逮捕に警視庁側の捜査態勢は大げさではないか。また、犯人側のキャラクターは現場の刑事たちとの共通点があるのだが、それがうまく表現できていないのは残念だ。

4つの事件が同時進行するいわゆるモジュラー型の構成である。メインの猟奇連続殺人のほか、親子4人の“アットホームなスリ”と連続噛みつき魔、湾岸署の神田署長(北村総一朗)の不倫メール事件(これはいつもの署内の騒動である)が描かれる。スリと噛みつき魔の捜査に傾注する湾岸署員に対して、連続殺人の捜査本部長を務める沖田ひとみ管理官(真矢みき)は「所轄の仕事なんてどうだっていいでしょう!」と一喝する。「踊る大捜査線」がテレビシリーズの時から一貫して描く現場とキャリア組の確執がこの映画でも重点的に描かれる。いや、この映画はこの確執を描くことだけを念頭に置いたようだ。

「私たちの仕事はやらなきゃいいって言われるような、そんな仕事なんですか」「俺たち下っ端はなあ、地べたはいずり回ってるんだ」。そんなセリフに象徴される現場の仕事をそれこそ現場至上主義とでも言うべき描写で執拗に描く。このシリーズが圧倒的な大衆性を備えているのはこういう部分があるからだろう。現場の指揮をいったん外された室井管理官(柳葉敏郎)が捜査本部の会議室に向かって歩いているうちに早足になり、ついに走り出す描写など胸が熱くなる。犯人側をあまり描かないのはこの確執を描くことに筆を費やしたかったからだと好意的に解釈しておく。

そう解釈はしておくが、重大な事件が発生しているのにスリや噛みつき魔を追うことを主張するような描写はリアリティーを欠く。警察は重大事件が起こったら、泥棒なんて単純な事件はほったらかしにしておくものなのである。キャリア組の描写も(笑いを取るためか)デフォルメされすぎており、君塚良一の脚本は今回、それほどの充実度はない。これは本広克行の演出にも言え、先に書いた冒頭の場面の手際も決して良くないし、全体的に緩い印象だ。

穴だらけの出来なのに、それでもなおかつ成功しているのは出演者の呼吸がぴったり合っているからで、観客が求めるもの(例えば、青島とすみれの関係。「やっぱり、愛してる…」のセリフに拍手)をことごとく見せてくれるからでもあるだろう。憎まれ役の真矢みきはレギュラー陣に負けない好演をしている。口跡の良さと迫力のある演技はさすが舞台の人なのだなと思う。気になったのはフィルムの色合いがくすんだ場面があること。HD24pでの撮影が影響しているのだろうか。

【データ】2003年 2時間18分 配給:東宝
監督:本広克行 プロデュース:亀山千広 プロデューサー:臼井裕詞 堀部徹 安藤親広 石原隆 高井一郎 脚本:君塚良一 音楽:松本晃彦 主題歌:「Love Somebody : Cinema Version II」織田裕二 撮影:藤石修 美術:梅田正則
出演:織田裕二 柳葉敏郎 深津絵里 水野美紀 ユースケ・サンタマリア 北村総一朗 小野武彦 斉藤暁 佐渡井けん太 小林すすむ 甲本雅裕 星野有香  星川なぎね 児玉多恵子 小泉孝太郎 小西真奈美 真矢みき 神山繁 筧利夫 小木茂光 高杉亘 岡村隆史 いかりや長介

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