イン・ザ・カット

In The Cut

「イン・ザ・カット」パンフレットパンフレットによると、“in the cut”とは「ギャンブラーが、他人のカードを盗み見るときに使う言葉。意味は隙き間、隠れ場所。語源は女性の性器。転じて、人から危害を加えられない、安全な場所のこと」だそうだ。

傑作「ピアノ・レッスン」(1993年)のジェーン・カンピオン監督がメグ・ライアン主演で撮ったサスペンス。といっても、カンピオンはこういう題材には向いていないようで、ミステリとしてはほとんど機能しない。では何の映画かというと、タイトルのような映画なわけである。ライアンは自慰にふけるシーンや全裸のラブシーンまで披露し、世間と深くは交流しない“安全な場所”にいた女の変化と女の性を熱演しているけれど、サスペンスの部分がおざなりなので映画全体としても盛り上がってこない。よく言えばアンニュイな、悪く言えば、かったるい雰囲気に終始し、意味がありそうでない映画になっている。殺人犯かもしれない男に惹かれていく女の孤独や不安、揺れ動く気持ちをもっと綿密に描く必要があっただろう。殺人犯かもしれない異性を愛するという題材なら「シー・オブ・ラブ」(1989年、ハロルド・ベッカー監督、アル・パチーノ、エレン・バーキン主演)の方がミステリとしても官能的な描写でもよほどよくできていたと思う。

ニューヨークの大学講師フラニー(メグ・ライアン)は街のスラングや詩の断片を集めるのが趣味で、他人とは適度な距離を保って暮らしている。腹違いの妹ポーリーン(ジェニファー・ジェイソン・リー)は姉とは対照的に感情的で結婚願望が強い。スラングを教えてもらうために生徒のコーネリアス(シャーリーフ・パグ)と街のバーに入ったフラニーはトイレに続く通路でBlowjobの場面に出くわす。男の顔は暗がりで見えなかったが、手首には「3♠」の刺青があった。数日後、刑事マロイ(マーク・ラファロ)が殺人事件の聞き込み調査でフラニーのアパートを訪れる。殺された女はバーの通路でBlowjobしていた女。喉を切り裂かれ、バラバラに切断されて発見された。フラニーはマロイの手首に「3♠」の刺青があるのを見つける。セックスに積極的なマロイはフラニーに興味を示し、2人は危うい関係になる。そしてまたも女の惨殺死体が発見される。

フラニーが“安全な場所”に閉じこもるのはスケート場で会って30分で婚約した自分の両親がやがて離婚したことがトラウマになっているためらしい。他人から傷つけられたくないわけである。そういう女の現状と変化がメグ・ライアンの演技では描き切れていない。ラブコメの女王だったメグ・ライアンも42歳。相変わらずきれいだが、今さら濃厚なラブシーンを見せられても困る。しかもその熱演がほとんど映画の出来に貢献していないのがもっと困る。風貌だけはなんだかジェーン・フォンダを思わせたが、メグ・ライアン、あまり演技力はないなと今さらながら思わざるを得ない(当初は主人公にニコール・キッドマンが予定されていたらしい。キッドマンはそれを断り、製作に名を連ねた)。カンピオンの演出は、細部は良くても、全体をまとめる部分で凡庸さが目に付いた。

マーク・ラファロは口ひげがあって、若い頃のバート・レイノルズを思わせる。「ミスティック・リバー」では真面目な警官だったケヴィン・ベーコンがライアンにつきまとう変態的な男を演じて、実にぴったりと思えてしまう。

【データ】2003年 アメリカ 1時間59分 配給:ギャガ・ヒューマックス
監督:ジェーン・カンピオン 製作:ローリー・パーカー ニコール・キッドマン 原作:スザンナ・ムーア 脚本:ジェーン・カンピオン スザンナ・ムーア 撮影:ディオン・ビープ プロダクション・デザイン:デヴィッド・ブリスピン 音楽:ヒルマル・オルン・ヒルスマン 衣装デザイン:ベアトリックス・アルーナ・パストール
出演:メグ・ライアン マーク・ラファロ ケヴィン・ベーコン ジェニファー・ジェイソン・リー ニック・ダミチ ジャーリーフ・バグ

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キル・ビル vol.2 ザ・ラブ・ストーリー

Kill Bill vol.2

「キル・ビル vol.2 ザ・ラブ・ストーリー」パンフレットアイパッチを付けたエル・ドライバー(ダリル・ハンナ)は「柳生十兵衛がモデル」との町山智浩の指摘に納得する。町山智浩はパンフレットで、この映画の基本は「子連れ狼」だとしている。確かにそうなのだろうが、「子連れ狼」の主人公・拝一刀には復讐の動機が十分にあった。この映画の場合、そこが弱いと思う。いや、前作を見る限り、結婚式を襲われ、恋人とその親族と友人を惨殺され、自身も瀕死の重傷を負って、妊娠中の子供を失ったブライド(ユマ・サーマン)の気持ちはそれなりに分かったのだが、この映画で真相が明らかになってみると、弱いと思えてくるのだ。

ビル(デヴィッド・キャラダイン)の元にたどり着いたブライドことベアトリス・キドー(この名前をなぜ隠すのかがよく分からない)はそこでビルの「ついかっとして」というセリフを思わず聞き返す。ビルはブライドの裏切りに「ついかっとして」惨殺を行ったわけで、見ているこちらもがっかりしてしまう。復讐の元になった事件はそんな単純なことだったのだ。前作のラストで分かったように当時妊娠中だったブライドの子供は生きていた。しかも子供の父親はビル。元はといえば、男女のささいなすれ違いが事件の発端だったわけだ。

ブライドがビルと殺し屋稼業に決別した理由については映画を見て欲しいが、それが分かってもこの動機の弱さ、物語の基本的な設定の弱さの印象は変わらない。「ザ・ラブ・ストーリー」というサブタイトルはビルとブライドのそれを表しているようだ。しかし、エンドクレジットにまたも流れる「怨み節」とは裏腹に、誤解に基づくラブストーリーを見せられても困るのである。ビルを穏やかなものの分かったキャラクターなどにせず、単純に極悪非道の悪いヤツにしておけば、まだ何とかなったのではないか。クエンティン・タランティーノはなぜ、この部分だけ、東映映画をまねなかったのだろう。

快調なのはバド(マイケル・マドセン)に返り討ちに遭い、棺桶に入れられ生き埋めにされたブライドを描く場面からエルとの死闘までだった。普通、生き埋めにされたら外から手助けがない限り、脱出は無理。タランティーノはそれを可能にするため、中国でのブライドの修行を見せる(ここで出てくる五点掌爆心拳は「北斗の拳」を参考にしたのだろう)。なんとか脱出してバドのトレーラーに行くと、エル・ドライバーがいる。ここから狭いトレーラーの中でブライドとエルの迫力たっぷりの死闘が描かれる。

その後のブライドとビルとの描写はまったく生彩を欠いて、長い言い訳を聞かされているような気分になる。前作はハチャメチャなアクションと誤解に基づく日本趣味が魅力だったけれど、今回のようなドラマ重視の作りでは脚本の力が要求される。タランティーノにはそれが足りなかったようだ。この程度の話なら、2作合わせて2時間半もあれば良かったのではないか。4時間以上もかけて描く内容ではないのである。

【データ】2004年 アメリカ 2時間18分 配給:ギャガ=ヒューマックス
監督:クエンティン・タランティーノ 製作:ローレンス・ベンダー 製作総指揮:ボブ・ワインスタイン ハーヴェイ・ワインスタイン エリカ・スタインバーグ E・ベネット・ウォルシュ 脚本:クエンティン・タランティーノ 撮影:ロバート・リチャードソン 美術:デヴィッド・ワスコ ツァオ・ジュウピン 衣装デザイン:小川久美子 キャサリン・マリー・トーマス オリジナル音楽:The RZA ロバート・ロドリゲス 武術指導:ユエン・ウーピン
出演:ユマ・サーマン デヴィッド・キャラダイン マイケル・マドセン ダリル・ハンナ マイケル・パークス サミュエル・L・ジャクソン ゴードン・リュー

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コールドマウンテン

Cold Mountain

「コールドマウンテン」パンフレット主役のエイダ役にはニコール・キッドマンよりも20代の女優、例えば、この映画にも出てきて痛切な印象を残すナタリー・ポートマンなどの方が良かったかもしれない。出征前のたった一度の慌ただしいキスの後、南北戦争に従軍した男を待ち続ける女を演じるには30代の女優ではちょっと無理がある。しかし、キッドマンはいつものように美しく、お嬢さん育ちの女がたくましく変貌していく様子を説得力のある演技で見せてくれる。お互いの思いを十分に伝えられなかったからこそ、エイダ(キッドマン)とインマン(ジュード・ロウ)は惹かれ合う。平和な故郷でのエイダとの短い思い出は地獄のような戦場にいるインマンにとって輝く宝のようなものだ。だから父親を亡くし、頼る者がいなくなって苦しい生活を送るエイダが“Come back to me”と手紙に書いたことで、インマンは戦線を離脱し、脱走兵として死を覚悟して故郷を目指すことになる。それはちょうど、「風と共に去りぬ」のラストで「そうだ、タラに帰ろう」と言ったスカーレット・オハラと同じ故郷への思いが含まれていたのだろう。

アンソニー・ミンゲラ監督のこの映画、単純なラブストーリーではさらさらない。南北戦争によって美しい故郷コールドマウンテンが疲弊し、人の心が荒廃していく様子をしっかりと描いている。ミンゲラが訴えているのは主義主張よりも大地に根を下ろして生きていくことの真っ当さにほかならない。それを体現するのがレニー・ゼルウィガー演じるルビーだ。農場は荒れ果て、食べるものもなくやせ細ったエイダのところへやってくるルビーは生きるための実際的な知恵だけを学んだ女である。エイダが「悪魔」と怖がるニワトリの首をクキッと折り、「鍋はどこ」と聞くシーンからルビーにはたくましさがあふれている。生きることの手だてを何も持たないエイダに比べて、ルビーは母親のような風格を漂わせ、同時にユーモラスだ。ゼルウィガーのアカデミー助演女優賞も納得である。

映画はインマンの故郷への苦難の道のりとエイダのコールドマウンテンでの暮らしを交互に描くけれど、魅力的なのはコールドマウンテンの描写の方である。旅の途中、女たちに助けられてばかりいるインマンの描写は不要ではないかと思えるほどである。そのコールドマウンテンにも人の弱みにつけ込み、権力を振りかざす唾棄すべき男がいる。そんな卑しい男に対抗するのはエイダとルビーの人としての当たり前の生き方だ。

「バカな男たちが“戦争”って雨を降らせて、“大変だ雨だ!”と騒いでいるのよ!」。同じく脱走兵の父親が義勇軍に殺されたと聞かされたルビーは叫ぶ。あるいは「もし戦っているのなら戦いをやめてください。もし行軍しているのなら、歩くのをやめてください」とエイダはインマンへの手紙に書く。そうした女たちの目から見た戦争批判をこの映画はさらりと描いている。この軸足を少しもぶれさせなかったことで、映画は凡百のラブストーリーを軽く超えていく。

個人的には「イングリッシュ・ペイシェント」も「リプリー」をも超えて、ミンゲラのベストと思う。ジョン・シールの素晴らしい撮影とガブリエル・ヤールの音楽を含めて、充実しまくりの映画である。

【データ】2003年 アメリカ 2時間35分 配給:東宝東和
監督:アンソニー・ミンゲラ 製作:シドニー・ポラック ウィリアム・ホーバーグ アルバート・バーガー ロン・イェルザ 製作総指揮:イアイン・スミス 共同製作:ティモシー・ブリックネル 撮影:ジョン・シール 美術:ダンテ・フェレッティ 衣装:アン・ロス 音楽:ガブリエル・ヤール
出演:ジュード・ロウ ニコール・キッドマン レニー・ゼルウィガー ドナルド・サザーランド ナタリー・ポートマン フィリップ・シーモア・ホフマン ジョヴァンニ・リビシ レイ・ウィンストン ブレンダ・グリーソン キャシー・ベイカー ジェームズ・ギャモン アイリーン・アトキンス チャーリー・ハナム ジェナ・マローン イーサン・サプリー ジャック・ホワイト ルーカス・ブラック

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ビッグ・フィッシュ

Big Fish

「ビッグ・フィッシュ」パンフレットPlanet of The Apes 猿の惑星」以来3年ぶりのティム・バートン監督作品。そして、あのつまらない「猿の惑星」の汚名はこれで十分にぬぐい去った。父と息子の物語をファンタジーにくるんで描き、広く一般受けする感動作になっている。未来を予見する魔女や身長5メートルの巨人が登場するファンタジーの部分も父と息子の和解の場面も良くできており、終盤、ファンタジーと思っていたものが現実となる瞬間の描写も秀逸だ。過去のバートン作品とは異なり、アクが抜けて丸くなった感じである。ただ、何となく物足りないのはあまりにも普通の感動作であるためか。バートン得意のブラックなユーモアは影を潜め、陽気で幸福な雰囲気に満ちている。バートンが夫婦愛、親子の愛をここまで描くとは思わなかった。キネマ旬報の記事にあった「実生活のパートナーでもあるヘレナ・ボナム=カーターとの間に子供が生まれたことが影響している」との指摘にはなるほどと思う。

原作はダニエル・ウォレスのベストセラー。主人公のエドワード・ブルーム(アルバート・フィニー)は息子ウィル(ビリー・クラダップ)の結婚式で「息子が生まれた日に釣った巨大な魚」のスピーチをして、ウィルと激しい口論となる。エドワードはウィルが幼いころから自分の体験を話して聞かせた。魔女や巨人が出てくるそれはまるでおとぎ話のようなものであり、何度も何度も聞かされたウィルには他人にまで同じほら話をする父親が許せなかった。3年後、父が倒れたとの知らせが入る。ウィルは妻のジョセフィーン(マリオン・コティヤール)とともに実家に帰ることになる。ここからユアン・マクレガー演じるエドワードの若い頃の話が綴られていく。沼地に住んでいた魔女(ヘレナ・ボナム=カーター)がエドワードの死に方を見せたこと、町に身長5メートルの巨人が来たこと、その巨人を都会に連れて行く途中で立ち寄ったスペクターという不思議な町のこと、サーカスで出会ったサンドラ(ジェシカ・ラング。若いころはアリソン・ローマン)と結ばれるまでのこと。ここで描かれるのはどれもなんだか懐かしく、それぞれに寓意が込められている。

子供にとっては夢のあるおとぎ話でも大人が聞けば、そんなバカなと思うことになる。エドワードのする話はそれほどファンタジーに近い。しかし、それが実は、というのが映画の核心で、ウィルは父の話に真実が含まれていたことを知り、自分が聞かされていなかった話も知って、父を本当に理解することになる。

飄々としたユアン・マクレガーがファンタジーの主人公に実にぴったりだ。アルバート・フィニーも相変わらずうまい。ファンとしてはバートンにあまりウェルメイドな作品ばかり作って欲しくはないが、この路線も悪くないとは思う。

【データ】2003年 アメリカ 2時間5分 配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
監督:ティム・バートン 製作:リチャード・D・ザナック ブルース・コーエン ダン・ジンクス 製作総指揮:アーン・L・シュミット 原作:ダニエル・ウォレス 脚本:ジョン・オーガスト 撮影:フィリップ・ルースロ 美術:デニス・ガスナー 衣装デザイン:コリーン・アトウッド 音楽:ダニー・エルフマン
出演:ユアン・マクレガー アルバート・フィニー ビリー・クラダップ ジェシカ・ラング ヘレナ・ボナム=カーター スティーブ・ブシェミ ダニー・デビート アリソン・ローマン ロバート・ギローム マリオン・コティヤール マシュー・マグローリー エイダ・タイ アーリーン・タイ

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