リプリー

The Talented Mr. Ripley

「リプリー」 ルネ・クレマンの名作「太陽がいっぱい」(1960年)と同じパトリシア・ハイスミスの原作“The Talented Mr. Ripley”(1955年)を基にしているが、同じ原作でこうも違うかと思わせる内容である。原作で主人公のトム・リプリーは完全犯罪に成功するから、最後に犯罪がばれる「太陽がいっぱい」よりもこの映画の方が原作には近い。監督のアンソニー・ミンゲラは丁寧な演出で奥行きのある映像を見せてくれる。出演者たちも好演しており、美術やセットも申し分ない。ただし、主人公に感情移入しにくいという大きな欠点がある。これは犯罪者だからではなく、リプリー(マット・デイモン)の気持ちがよく伝わらないからだ。リプリーはだれにも本心を明かさずに行動するので、内面描写が不足しているのである。大金持ちの息子ディッキー(ジュード・ロウ)に対するリプリーの微妙な感情の変化をもっときめ細かく描くべきではなかったか。映画の技術そのものには感心したし、立派な(作りの)映画であることは認めるが、大衆性に欠ける。

「太陽がいっぱい」はニーノ・ロータの美しく切ない音楽と野望を持つアラン・ドロンの印象的な演技で名作の地位を確立した。アラン・ドロンの演技には貧しい青年の上昇志向がしっかりと感じられ、それは実生活とも重なる部分があったように思う。ミスキャストの声が高いマット・デイモンのリプリーに不足しているのは外見の差以上に、こうした背景だと思う。リプリーは遊びほうけるディッキーを連れ戻すよう父親に頼まれて、イタリアに行くが、逆にディッキーに魅了され、いつも行動を共にするようになる。しかし、気まぐれなディッキーに飽きられたことで、殺意を抱くのだ。このあたりの心境の変化があまり感じられない。どこからが仕事で、どこからが本気かはっきりしないのだ。リプリーの孤独や絶望感が十分に描かれていないから、一つの犯罪を隠すために殺人を繰り返すリプリーに観客の共感は得にくいのではないか。

実は計画的になされたリプリーとディッキーの出会いよりも、後半、リプリーの良き理解者となるピーター(ジャック・ダベンポート)との出会いの方が印象的な場面になっている。オペラ劇場でディッキーの恋人マージ(グウィネス・パルトロウ)と一緒に現れたピーターを見るリプリーの表情は一目惚れの感じをうまく表現している。原作には登場しないピーターの存在はミンゲラ脚本の一つのポイントだが、これによって単なるゲイ青年の特殊な悲劇になってしまった感もある。普遍性を消してしまうのである。

「マイ・ファニー・バレンタイン」などジャズの使い方は効果的だ。デイモンの演技に比べて、ジュード・ロウはひどい役柄であるにもかかわらず輝いており、アラン・ドロンが人気を不動のものにしたように、これがロウにとっての「太陽がいっぱい」になることは間違いないだろう。昨年「恋に落ちたシェイクスピア」「エリザベス」でアカデミー賞を争ったグウィネス・パルトロウとケイト・ブランシェットも好演している。

【データ】1999年 アメリカ 2時間20分
監督・脚本:アンソニー・ミンゲラ 原作:パトリシア・ハイスミス 製作総指揮:シドニー・ポラック 製作:ウィリアム・ホルバーグ トム・スタンバーグ 撮影:ジョン・シール プロダクション・デザイン:ロイ・ウォーカー 衣装デザイン:アン・ロス ゲイリー・ジョーンズ 音楽:ガブリエル・ヤレド
出演:マット・デイモン グウィネス・パルトロウ ジュード・ロウ ケイト・ブランシェット フィリップ・シーモア・ホフマン ジャック・ダベンポート ジェイムズ・レブホーン セルジオ・ルビーニ フィリップ・ベイカー・ホール セリア・ウェストン フィオレッロ ステファニア・ロッカ リサ・エイヒホーン

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さくや 妖怪伝

「さくや 妖怪伝」 何かの原作の映画化かと思ったら、原口智生監督のオリジナル。むろん、「ゲゲゲの鬼太郎」など過去の妖怪ものが基本にあるにせよ、時代背景や主人公の性格、妖刀村正の設定などツボを押さえた話である。映画の作りも大作風にせず、最初から小品佳作を目指した(と思える)姿勢に好感がもてる。ヒロインの公儀妖怪討伐士・榊咲夜(さかき・さくや)役の安藤希は立ち回りやアクションを見事にこなして清楚な美貌を輝かせ、この映画一番の魅力であることは衆目の一致するところだろう。安藤希の好演がこの映画を支えたと言っていい。いかにも作り物めいた妖怪の造型にちょっと不満は残るし、不要と思われる場面もいくつかあるが、それを超えて納得のできる作りであり、この夏のファミリー映画では最も楽しめた。

「神々の力及ばざる時、妖魔をもって妖魔を断つ」−。宝永4年(1707年)、富士山の噴火で結界が破れ、多数の妖怪が地上に現れる。公儀妖怪討伐士・榊備前守芳明(藤岡弘)は代々受け継ぐ妖刀村正で妖怪を征伐してきたが、村正には持ち主の命を縮める欠点があり、芳明の寿命も残り少なかった。芳明は大河童との対決で命を落とし、娘の咲夜(安藤希)が父の跡を継いで、大河童を退治。そばにいた河童の赤ん坊を自分の弟として育てることを決意する。と、ここまでがタイトル前の長い導入部分。半年後、赤ん坊太郎(山内秀一)は人間で言えば10歳の子どもに成長。そんな時、幕府大老(丹波哲朗)から妖怪の元凶を断つよう密命が下る。咲夜は猿鬼兵衛(ましらぎ・ひょうえ=逆木圭一郎) 、似鳥周造(にがらす・しゅうぞう=嶋田久作)という2人の忍者を率い、太郎も同行して妖怪のボス土蜘蛛の女王(ひめみこ)がいる駿河の地に旅立つ。

八王子の化け猫退治が最初の見せ場。化け猫の造型が着ぐるみ然としていて興を削ぐが、アクションは合格だろう。荒れ果てた屋敷には生きた人間を人形に変える傀儡師(くぐつし)もおり、塚本晋也監督(「鉄男」「双生児」)が怪演を見せる。次の善玉妖怪総出演の場面はムムムという出来なのだが、恐らく過去の妖怪ものに経緯を表したのだと思う。駿河に舞台を移してからは快調だ。巨大化した土蜘蛛との対決を描くクライマックスのSFXはそれまでとは打って変わって見応えがある。SFX担当は「ガメラ」シリーズの樋口真嗣。土蜘蛛を演じる松坂慶子も真剣に演じており、感心させられる。

子どもを意識してか、ストーリーはシンプル。しかし、持ち主の残り寿命を示す魂計灯や妖怪の動向を表示する照魔鏡・八重雲鏡などのガジェットと細部の設定の細かさが映画を楽しいものにしている。原口監督、本気でこういう世界が好きなのだろう。SFXでは「ジュブナイル」に負けているけれど、映画としてのまとまりはこちらが上だ。同じ特殊効果出身監督として「ジュブナイル」の山崎貴と同様、原口監督の次作にも期待したい。

【データ】2000年 1時間28分 TOWANI提供 配給:ワーナー・ブラザース 
監督・原案:原口智生 特技監督:樋口真嗣 製作:福島真平 鈴木修美 プロデューサー:大戸正彦 大塚博史 桜井勉 企画:岸川靖 脚本:光益公映 コンセプトデザイン:冬目景 撮影:江原祥二 美術 原田哲男 特撮技術統括:尾上克郎 音楽:川井憲次
出演:安藤希 山内秀一 嶋田久作 逆木圭一郎 藤岡弘 松坂慶子 丹波哲郎 黒田勇樹 絵沢萠子 塚本晋也

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ホワイトアウト

「ホワイトアウト」 日本最大の貯水量を誇るダムを乗っ取ったテロリストと1人のダム運転員の決死の戦いを描くアクション大作。5年前に原作が出たとき、“和製「ダイ・ハード」”と言われたが、映画になってみると、「ダイ・ハード」と似ているのは対決の構図だけで、独自の面白さを持つ作品に仕上がった。「負い目を背負った男の復権」が中心テーマだった原作の味わいを大事にしたのが成功の理由で、最近の例で言えば、「M:I-2」のようなほとんどアクションだけが目立つ映画にしなかった脚本はえらい(原作者の真保裕一も加わっている)。演出的には主人公が雪山でホワイトアウトに陥り、親友吉岡(石黒賢)を死なせてしまうオープニングが冗長で不安を覚えたのだけれど、監督デビューの若山節朗、その後はまず手堅い演出を見せてくれる。所々に単調さを感じる部分もあるが、第1作だから緩急自在といかないのは仕方がないだろう。映画化を切望したという主演の織田裕二は「踊る大捜査線 THE MOVIE」に続いて頑張っており、演出の不備を大いに補っている。アクション映画の主役として十分の好演である。警察署長役の中村嘉葎雄もキラリと光る懐の広い演技を見せ、映画を引き締めた。

「あの人は来ないわ。また一人で逃げ出すのよ」。吉岡の婚約者でテロリストに囚われの身となった平川千晶(松嶋菜々子)にそう思われていようがいまいが、富樫輝男(織田裕二)にとって奥遠和ダムの人質を救うことは、死なせてしまった吉岡との約束を果たす意味があった。悔やみきれない親友の死をどう償うか、それが富樫の行動理由なのである。もちろん富樫には「このダムは絶対、お前たちの好きなようにはさせない」との矜持もある。放水管の中を通って奥遠和ダムを脱出し、8キロ離れた大白ダムまで豪雪の中を歩いてたどり着く。電話で話した警察署長・奥田の「もう十分だ。そこで休め」との言葉を振り切り、「俺、奥遠和に戻ります。必ず戻るって約束したんですよ」と、再び6時間かけて雪の中を歩き通す。富樫にはたった一人でテロリストたちに立ち向かう必然性があり、織田裕二の力の限りの演技も手伝って物語を説得力のあるものにしている。

こうした悲壮な決意がダメという人もいるだろう。「ダイ・ハード」のジョン・マクレーンは愛する妻と子どもを救うためという大きな目的があったが、もっと軽やかにビルの中を駆け回った。それに比べれば、この映画の主人公は最初から最後までやや悲壮すぎるきらいはある。織田裕二はキネマ旬報8月下旬号で「原作より泣けるところは多くなっている」と語っているが、別に泣けなくても構わないのである。それを救っているのは中村嘉葎雄の演技だ。警察側の描写にユーモアがなかったら、この映画、随分と寂しいものになっていたと思う。

テロリストたちの要求は50億円。のまなければ、人質を殺した上にダムを爆破し、下流の20万世帯に被害が及ぶ。ボスを演じる佐藤浩市は長髪と髭を伸ばしてドスのある演技を見せる。主人公の描写に単調さが感じられるようになったころ、テロリストの中のあるドラマが加わり、映画はクライマックスへと至る。ここは原作とは異なり、スペクタクルな場面が用意されている。黒部ダムと雪山を舞台にしたアクションはなかなか見応えがあるのだが、比べてはいけないと分かっていても「ダイ・ハード」ほどのエスカレーションがないのは残念。しかし、新人監督(テレビではベテラン)に手に負える題材ではないだろうと高をくくっていた僕にとって、この映画の出来はうれしい裏切りであり、アクション映画に欠かせない主人公の心情をしっかり描いていたことにも好感を持った。

【データ】2000年 2時間9分 製作:日本ヘラルド映画 フジテレビ 東宝 日本ビクター 電通 アイ・エヌ・ピー デスティニー 配給:東宝
監督:若松節朗 原作:真保裕一「ホワイトアウト」(新潮文庫) 脚本:真保裕一 長谷川康夫 飯田健三郎 製作:坂上直行 宮内正喜 岸田卓郎 高井英幸 企画:塩原徹 河村雄太郎 島谷能成 永田芳男 プロデューサー:小滝祥平 遠谷信幸 石原隆 臼井裕詞 撮影:山本英夫 美術:小川富美夫 ビジュアルエフェクト:松本肇 音楽:ケンイシイ 住友紀人
出演:織田裕二 松嶋菜々子 佐藤浩市 石黒賢 吹越満 橋本さとし 工藤俊作 古尾谷雅人 平田満 中村嘉葎雄 河原崎健三 山田辰夫 石井愃一

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TAXi2

TAXi2

「TAXi2」ジャンヌ・ダルク」のような重厚な作品を監督した後に、こういう軽い小品をプロデュースするリュック・ベッソンのバランス感覚は好ましいし、映画の出来も決して退屈ではないのだけれど、どうも盛り上がりに欠ける。新鮮味がないのである。カーアクションにスラップスティックを絡め、1時間29分をただ飽きさせずに見せるだけ。設定も出演者も素材はいいのに、どうしてもう少し面白くできないのかと少し不満が残る。監督のジェラール・クラヴジックだけに責任を押しつけるのはかわいそうで、ベッソンの脚本自体にも散漫な部分が目に付き、その場その場のおかしさで終わってしまっている。ベッソンはアメリカ映画にかなりの影響を受けていると思うが、最近のアメリカのスラップスティックのつまらなさまで真似する必要はなかった。ただし、「ロペラシオン ニンジャー(忍者作戦)!」と珍妙なアクションで叫ぶ警察署長役ベルナール・ファルシーのおかしさだけは大いに認める。途中で活躍の場がなくなるのが残念なほどのおかしさなのである。

日本の防衛庁長官がヤクザ対策でフランスに視察に来る(なぜ防衛庁がヤクザ対策を担当するんですか)。主人公のタクシー運転手ダニエル(サミー・ナセリ)はひょんなことから恋人リリー(マリオン・コティヤール)の父親ベルティーノ将軍(ジャン・クリストフ・ブーヴェ)を空港まで送っていくことになる。ダニエルの愛車はパワーアップしたプジョー406。時速306キロでかっ飛ばし、防衛庁長官が到着する空港にぎりぎりで間に合う。その腕を見込まれて、ダニエルは長官を特殊警護カー“コブラ”でパリまで送るよう命じられる。警護に当たるシベール署長はコブラの性能を印象づけるため、途中で偽の攻撃隊を用意していた(これが忍者作戦)が、そこに謎の日本部隊が出現。長官を連れ去ってしまう。警護のエミリアン刑事(フレデリック・ディーファンタル)が思いを寄せるペトラ刑事(エマ・シューベルイ)も一緒に連れ去られ、ダニエルとエミリアンたちは必死のカーチェイスを展開する。

謎の日本部隊はヤクザで、長官に催眠術をかけ、大統領を暗殺させようと目論んでいた。それで日仏の関係を悪化させようという計画。日本といえば、忍者という発想自体は貧弱だが、登場する日本人が話す言葉におかしな部分はあまりない。忍者のアクションとペトラ刑事のカンフー(と思う)もなかなかである。それなのに何だか引き締まらない映画になったのはやはり構成に難があるのだろう。ダニエルが将軍から延々と戦争の話を聞かされる場面やエミリアンが自動車免許を取得するくだりなど本筋にかかわらない場面はもっと短く簡潔に描くべきだった。1時間29分という短い上映時間だからこそ濃密な構成が必要で、緩い話だから構成も緩くていいというわけではないのである。

だいたいカーアクションの映画というのは難しい。近く公開される「60セカンズ」もひどい批評を聞くし、その元ネタとなった「バニシングin"60」も公開当時あまりのつまらなさに唖然としたのを覚えている。たいていのカーアクションは過去に既に例があり、オリジナルなアクションを新たに考えるのは容易ではないのだ。それを考えれば、「TAXi2」はまだましな方ではある。前作ではドイツ車(メルセデス)が悪役で、今回は日本車(三菱のランサー)。製作が予定されているという第3作ではアメリカ車かイタリア車が登場するのだろうか。

【データ】2000年 フランス 1時間29分 リールー・プロダクションズ 配給:日本ヘラルド映画
監督:ジェラール・クラヴジック 製作・脚本:リュック・ベッソン 撮影:ジェラール・ステラン 美術:ジャン・ジャック・ジェルノル 音楽:アル・ケムヤ
出演:サミー・ナセリ フレデリック・ディーファンタル マリオン・コティヤール エマ・シューベルイ ベルナール・ファルシー ジャン・クリストフ・ブーヴェ ツユ・シミズ

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