映画とネットのDIARY(tDiary版)

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2004年12月29日 [Wed]

はやり目

2、3日前から左目が充血。きのうから長女も右目が充血した。これは伝染性の目の病気だろうと思い、眼科へ。診断は「はやり目」(ウイルス性急性結膜炎)。「感染力が強いのでお風呂は一番最後。タオルも別にしてください。学校や仕事も休まなくてはいけませんが、ちょうど年末の休みなので良かったですね」と言われる。いえ、あさっては仕事なんですけど。

放っておくと、視力が落ちるなどの後遺症が出る場合もあるとか。目薬を2種類もらって帰る。調べてみると、はやり目は風邪の原因ウイルスの一種に感染することで起こる結膜炎で、根本的な治療法はなく、休養を十分取って治るのを待つしかないそうだ。今年はよくよく病気とけがが続いた年だったなあ。

MHonArc設定終了

MHonArcの設定ファイルをいろいろいじって、ようやく満足できる感じになった。ヘッダー部分はこんな感じ。NamazuのホームページでのMHonArcの表示方法を参考にさせてもらった。現在の設定ファイルmhonarc.mrcはこんな感じ(MHonArcのバージョンは2.6.10)。

最初は敷居が高いんだけど、慣れると、どんな風にでもカスタマイズできて、MHonArcの優秀さを感じてしまいますね。で、Namazuでインデックスも作ってみたが、元々NamazuはMHoArcと親和性が高く作ってあるそうで、メッセージファイル以外(メインインデックスとスレッドインデックス)はインデクシングしないようになっている。これにも感心。


2005年12月29日 [Thu]

キネ旬1月下旬号

例年通り年内に届いた。定期購読のメリットはこれぐらいか。で、ふと思った。あれ、1月上旬号は届いたかな。普通ならば、20日ごろには届いているはずだが、読んだ覚えがない。うーん、届いたのに家の中で行方不明になったか。表紙は見た覚えがあるんだが、それは書店で見たのかもしれない。

まあ、それはいいとして、ぺらぺらめくっていたら、山根貞男の連載「日本映画時評」に「男たちの大和」の脚本について書いてあった。脚本家の野上龍雄が「シナリオ」1月号で怒っているという。野上龍雄は当初、この映画の脚本を書いたが、「製作者側のあまりにも理不尽な行為」があったため、降りたのだそうだ。これは原文を読んでみたいものだが、近所の書店には「シナリオ」なんて置いてない。amazonに注文するか。そこまでしなくてもいいか。

「大和」の脚本にクレジットされているのは佐藤純弥のみ(だから先日書いたように見る前に期待がしぼんだのだ)で野上龍雄の名前はない(名前があったにしても、それほどの期待は持てないんだが)。

ちなみに山根貞男はこの映画について、「この映画はどこかで見たような感じの連続でできている」と書いている。「泣かせるエピソードの数々は、過去の戦争映画で描かれてきたもののパターンを一歩も出ない」。その程度の映画を見て、「日本人ならこの映画で泣くはずだ」「近年の邦画のベスト」などという驚くような意見をネットに書く観客は過去の映画を見ていないのだろう。


2007年12月29日 [Sat]

Netscapeの灯が消える - 開発/サポートは2008年2月1日まで

時代の流れを感じるなあ。10年前、最初に買ったパソコンには有料版のNetscape Navigatorが入っていた。パソコンショップに行くと、3500円ぐらいで販売していた。IEとNetscapeがどちらもバージョン4になったころがブラウザ戦争のまっただ中で、Netscapeが負けたのはIEとの仕様の違いと無料にはかなわないということだったように思う。どちらも独自拡張の機能があって、それぞれに応じたページを作るのはそれなりに面倒だった。

今やブラウザはFirefox以外使う気がしないが、これもNetscapeがブラウザ戦争で負けなければ、生まれなかったソフトだろう。Netscapeは消えるけれどもその業績は残る。オープンソースにした意味は大きかったと思う。


2008年12月29日 [Mon]

XOOPSテーマ変更

久しぶりに変更してみた。BCOOL THEMEのテーマを使わせてもらった。タイトルロゴの背景がグラデーションなので、これに合わせてGIFファイルを作るのが面倒だったりする。テーマフォルダの中にロゴのベースとなるGIFファイルは入っているのだが、今使用しているロゴが気に入っているので変えたくない。しかも自宅のノートパソコンにはなんとGIFを編集するソフトが入っていなかった(いや、ペイントやPhotoshop Elementsはあるんですけど)ので、背景の色を変更してしのぐ。それでも少し変だが、仕方がない。そのうち、赴任先のパソコンでちゃんとしたものを作ろう。

XOOPSのテーマはtableを使っているのが多いが、このテーマはCSSでデザインしてある。ページの表示速度が少し速く感じるのはそのためか。IEで見ると、表示が少し変になる部分があった。XOOPSのバージョンを表示するフッターの所でコピーライトの記号が化けている。元々、XOOPSのバージョンなどは表示しない方が良いので削除した。

ついでにこの日記のテーマも変更した。


2010年12月29日 [Wed]

ワイヤレスキーボード

新しいパソコンがもうすぐ届くので、今のデスクトップは子供の部屋に置くか、居間のテレビに接続しようと思っている。どちらにしてもワイヤレスのキーボードの方が都合がいいので、買いに行く。ロジクールのMK520がいいなと思っていたが、ヤマダ電機にはMK320しかなかった。ま、安いのでこれでもいいや。

USBレシーバーを挿すだけですぐに使える。キーボードは単四乾電池2個、マウスは単三1個でそれぞれ最大15カ月と5カ月持つそうだ。キータッチは以前のものより良い感じだが、Deleteキーの位置が微妙に違うので戸惑う。ま、慣れれば大丈夫だろう。ワイヤレスといっても遅延は感じない。Windowsが起動しないと使えないのかと思ったら、起動前でも使えた。機能拡張キーのうち、パソコンの起動キー(FN+F7)はスリープやスタンバイからの復帰ができる。さすがに電源を切った状態からの起動は無理だ。

で、テレビに接続するなら、HDMI端子付きのグラフィックボードに変更したい。楽天で調べたら、玄人志向の安いやつ(3000円ちょっと)があったので注文した。


2012年12月29日 [Sat]

何が心を動かすのか

日本テレビが「風と共に去りぬ」を初めて放映した時だから、30年以上前のことだ。ラジオを聴いていたら、こんな内容のハガキが読まれた。

私は事業に失敗して多額の借金を背負いました。このままでは一家心中するしかない追い詰められた状態でした。そんな時にテレビで「風と共に去りぬ」が放映されました。主人公のスカーレット・オハラが「神さま、私は負けません。この苦難を生き抜き、二度と飢えません!」と天を仰いで力強く誓う場面を見て、考えが変わりました。自分もスカーレットと同じように、もう一度頑張ってみよう。そう思い直しました。

言うまでもなく、「風と共に去りぬ」は名作中の名作だ(このセリフが最後にある前半はすごい名作、「そうだ、タラに帰ろう」と言う後半は普通の名作だと思う)。しかし、自殺を考えているすべての人に自殺を思いとどまらせるような力が、あるいは人生を変えるような力がこの映画にあるかと言えば、そんなことはないだろう。

映画や小説から何を受け止めるかは観客や読者の考え方や経験、置かれた状況によってさまざまに異なる。作者が作品に込めたメッセージを作者の予想以上に大きく受け止めることがあるし、別のメッセージを受け取ることもある。作者が何気なく描いた作品の細部に大きく反応することもある。

ロバート・B・パーカーの小説「愛と名誉のために」(絶版らしい)はそんな部分を描いていた。大学生だった主人公は恋に破れて、少しずつ人生を踏み外し、数年後にはホームレスにまで堕ちてしまう。主人公はある朝、海岸の砂浜で眠り込んでいた時にスコット・フィッツジェラルド「グレート・ギャツビー」の一節をふと思い出す。

人の振る舞いの基盤は、堅い岩の場合もあれば、沼沢の場合もある。

この言葉がきっかけとなって、主人公はゆっくりと再生への道をたどり始めるのだ。「愛と名誉のために」に感動した僕は「グレート・ギャツビー」も読んでみた。この言葉は確かにあった。それは作品の本筋とはまったく関係ない部分だった。

「愛と名誉のために」の主人公は(ということは作者のパーカーは)この言葉に感じるものがあったのだろう。普通の人なら読んでそのまま忘れるかもしれない一節が強く心に残ったのだと思う。そしてそれはフィッツジェラルドが特に力をこめた部分ではなかったはずだ。

つまり、言葉や描写の意味を大きくしたり、小さくしたり、まったく無意味にするのは、あくまでも観客や読者の方だということだ。同じ場面に感動したとしても、AさんとBさんがまったく同じ人間ではない以上、AさんとBさんの感動の度合いや内容は異なる。

もう一つ、以前にも書いたことがあるが、作家の都筑道夫がキネマ旬報の連載で紹介したアメリカのテレビドラマ「ザ・ネーム・オブ・ザ・ゲーム」の一エピソードを再度書いておきたい。これは本当にうまい脚本だと思う。

 あるラジオ局の人気DJのもとに一本の電話がかかってくる。電話をかけてきた女は失恋によって絶望し、これから自殺するという。驚いたDJは必死で自殺をやめるようにラジオから呼びかける。ありとあらゆる言葉を駆使し、「死ぬのは無意味だ」と自殺を思いとどまるよう説得する。この放送は聴取者にも大きな反響を呼び、「自殺するな」という声が多数寄せられる。
 ところが、女が自殺するというのは嘘だった。深夜になって、再び電話を掛けてきた女は自分が女優の卵であり、演技力を試してみたかったのだと打ち明ける。「あなたのお陰で自信がついたわ」。女は笑って電話を切った。
 DJは自分が騙されていたことにがっかりして放送局を出るが、局の前で暗がりから出てきた一人の女性が「ありがとう」と言って包みを差し出す。包みの中には睡眠薬があった。

この女性は「死ぬな!」というDJの言葉が胸に響いたのだ。DJの真摯な呼びかけは無駄にはならず、1人の女性を救うことになった。

人は物語の言葉や描写自体によって心を動かされるのではない。言葉や描写をきっかけにして、自分で自分の心を動かしているのだ。人間の脳は入力されたデータを分析・解釈し、自分なりのデータに変換している。それが人の心を動かす源になっている。

以上のようなことをつらつら考えたのは、KINENOTEで「光のほうへ」のレビューを読んだら、まったく感動していない人がいたからだ。しょうがない。脳の変換エンジンがそれぞれ違うんだから。


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