「Ghost in The Shell 攻殻機動隊」を今、見直してみると、「マトリックス」にどれほど大きな影響を与えたかよく分かる。「マトリックス」は結局、設定を生かし切れずに「レボリューションズ」では現実世界の戦争アクションにしてしまったが、押井守はウォシャウスキー兄弟とは違って、テーマを突き詰め9年ぶりの続編を思索的なSFミステリに仕上げた。タッチは「ブレードランナー」(1982年)、基本テーマはアイザック・アシモフの小説を思い起こさせる(一番近いのは「夜明けのロボット」か)。両者を融合させてデジタルで再構成したSFミステリと言うべき作品である。デジタルエフェクトを使った都市のイメージなどのビジュアル面と75人の女性民謡コーラスを使った音楽(川井憲次)の素晴らしさに比べて、観念的なセリフが多い脚本は大衆性とはかけ離れているけれど、それだけで批判もできないだろう。押井守の映画に観念的なセリフが多いのは今に始まったことではない。
アンドロイド製造の過程を見せるタイトルバックは「攻殻機動隊」のそれを今のCG技術で数倍リアルにリメイクした感じだが、ここをはじめとして映像的に凄いシーンがいくつもある。デジタル合成システムDominoの威力は遺憾なく発揮されており、このイメージを見るだけでもこの映画には価値があるだろう。刑事2人が殺人事件の謎を追うという構成はシンプルだ。人とサイボーグとロボットが共存する2032年。愛玩用のアンドロイド(ガイノイド)が暴走し、所有者を殺害する事件が頻発する。犠牲者に政治家が含まれ、テロの可能性も否定できないことから公安九課の荒巻はバトーとトグサに事件を担当させる。ガイノイドを作ったのはロクス・ソルス社。事件を起こしたガイノイドの電脳にエラーは見つからなかった。バトーとトグサは事件に関係しているらしい暴力団「紅塵会」の事務所に殴り込み、ロクス・ソルス社の本社がある択捉の経済特区に向かう。
「ブレードランナー」はリドリー・スコットがディック原作のスペキュレイティブな部分をばっさり切り落とし、未来のハードボイルドとして単純に映画化したのが成功の一つの要因で、これに未来都市の魅力的な造型が加わって、もはやSFの古典というべき映画になった。「イノセンス」はこの2つの要素を踏襲した上で、ディックの思索を付加した観がある。人間とサイボーグとロボットの関係にまつわる思索。「人はなぜ自分に似せてロボットを作るのか」。事件の捜査に合わせて、これに絡んだ箴言が登場人物の口から次々に引用される。
事件が解決した後、主人公バトーは事件の犯人に対して「ガイノイドを傷つけることが分からなかったのか」と怒りを見せる。愛犬と暮らす孤独なバトーは自身がサイボーグでもあるため、ロボットと人間の関係に敏感なのである。ただ、夥しい箴言が散りばめられながらも、それが明確にテーマに昇華していかないもどかしさは残る。主人公の造型とテーマをもっと明確に結びつける物語に構成した方が良かっただろう。
「バトー、忘れないで。あなたがネットにアクセスする時、私は必ずそばにいる」。“均一なるマトリックスの裂け目の向こうに”消えた前作の主人公「少佐」こと草薙素子は言う。クライマックス、ロクス・ソルス社の船の中でガイノイドにロードした素子はバトーを助け、再び去っていく。こういうセンチメンタルな部分を補強すれば、映画はもっと大衆性を得たと思う。その意味で今回、伊藤和典が脚本に加わっていないのは惜しい。
【データ】2004年 1時間39分 配給:東宝
監督:押井守 製作:石川光久 プロデューサー:石川光久 鈴木敏夫 原作:士郎正宗「攻殻機動隊」 脚本:押井守 音楽:川井憲次 美術:平田秀一 プロダクションデザイナー:種田陽平 ビジュアルエフェクト:江面久 デジタルエフェクトスーパーバイザー:林弘幸 主題歌:「Follow Me」伊藤君子 挿入歌:「River of Cristal」伊藤君子
声の出演:大塚明夫 山寺宏一 田中敦子 大木民夫 竹中直人 榊原良子 堀勝之祐 仲野裕 平田広明 Ruby
岩井俊二の前作「リリイ・シュシュのすべて」と同様に、この映画もデジタルのカメラ(HD24pか?)を使って撮影したそうだ。画面の色合いがくすんだ感じなのはそのためだろう。デジタルからアナログ35ミリフィルムに転換する際の技術がまだ確立されていないのか、カメラそのものの性能が悪いのか知らないが、このダメダメな色彩は何とかしてほしいものだ。色の悪さが気になって、主演2人のキャラクターを紹介する序盤はなかなか映画に集中できなかった。しかし、話が動いてくると、面白くなる。2人の女の子(ハナこと荒井花と、アリスこと有栖川徹子)の中学から高校にかけての友情と三角関係を仔細に描いて、おかしくて切ない物語に仕上がった。鈴木杏と蒼井優の持ち味が十分に引き出され、とても魅力的に撮られている。岩井俊二は「Love Letter」(1995年)で中山美穂を主演にしたことがあるから、揺れ動く少女の思いをうまく描いたことも別に意外ではないのだが、2人それぞれにクライマックスを用意したところがいい。
ハナのクライマックスは文化祭の舞台の袖で進行する。先輩の宮本(郭智博)に軽い記憶喪失と思い込ませ、「自分に(好きだ」と)告白した」と嘘をついていたハナは泣きながら本当のことを打ち明ける。
「先輩が、あたしを、好きだったことは、ありません…」
これに対する宮本の言葉が良く、映画はこれで終わるのかと思ったら、さらにアリスのクライマックスがある。4人が参加した雑誌の表紙撮影のオーディション。カメラマンは最初の3人を簡単に落とす。バレエの得意なアリスも落とされそうになるが、「ちゃんと踊っていいですか」と言ったアリスはトウシューズの代わりに紙コップを履き、バレエを存分に見せるのだ。ここがほれぼれするほど素晴らしい。これは踊りそのものが良いからではなく、アリスのひたむきな思いが踊りを通して伝わってくるからだろう。「ちょっと見ただけで人を判断しないで」「自分のすべてを分かって」という少女の気持ちがこもったバレエだと思う。
ハナの静的なクライマックスとアリスの動的なクライマックスが見事に対になっている。花がいっぱいのハナの家と散らかり放題に散らかったアリスの家。岩井俊二は2人のキャラクターを明確に描き分けながら、少女たちの些細な日常(しかし、本人たちにとっては大きな事件)を描いて共感の持てる作品に仕上げた。話の決着をどうつけるのかと思ったら、冒頭と同様にちゃんと2人の友情の描写で終わらせていくのもいい。
このほか、アリスの父親・平泉成や母親・相田翔子も好演。「リリイ・シュシュ」が僕は大嫌いだが、この映画には感心するところが多かった。構成というか話の進め方は決してうまくはないのに描写で見せる。ハリウッド映画的な技法からすれば、ハナとアリスの2つのクライマックスは交互に描くのが常套的なのである。しかし、場面を分断すると、バレエの魅力を減じることになっただろう。だから岩井俊二はまるでアマチュアのようにクライマックスを順番に見せたのかもしれない。それにしても、このデジタルの安っぽい色が残念すぎる。VFXが多いわけではないのだから、普通の35ミリカメラで撮れば良かったのにと、つくづく思わずにはいられない。
【データ】2004年 2時間15分 配給:東宝
監督:岩井俊二 アソシエイト・プロデューサー:前田浩子 ラインプロデューサー:中山賢一 制作担当:橋本淳司 浜崎林太郎 脚本:岩井俊二 撮影監督:篠田昇 撮影:角田真一 美術:種田陽平 音楽:岩井俊二 バレエ指導:千歳美香子
出演:鈴木杏 蒼井優 郭智博 平泉成 木村多江 相田翔子 大沢たかお 広末涼子 叶美香 アジャ・コング テリー伊藤 坂本真 デイヴ・リー 黒沢愛 阿部寛 吉岡秀隆 中野裕之 ルー大柴 大森南朋
柴崎友香の原作を「GO」の行定勲監督が映画化した。若者たちのある1日を淡々とユーモラスに綴った作品である。見ていてジム・ジャームッシュの作品に似ているなと思った。案の定、パンフレットにも「スタッフたちが現代の若者たちの日常を映像化するのに参考にしたのはジム・ジャームッシュ監督の『ストレンジャー・ザン・パラダイス』だった」とある。おまけに原作(河出文庫)の解説も「ジャームッシュ以降の作家」というタイトルである。ジャームッシュ風の原作をジャームッシュ風に映画化したわけだ。サブタイトルもジャームッシュの「ナイト・オン・ザ・プラネット」(1991年)のアレンジだろう。ただ、ユーモアの質は少し違う。ジャームッシュの作品にあるのは微妙なおかしさだが、この映画はもう少しユーモアに積極的である。実は映画は1にも2にも3にもスジだと思っているので、ジャームッシュの映画はあまり好きではない。個人的にはこの映画も十分に成功しているとは言い難い。
本当になんでもない日常が描かれる。中心になるのは3つのエピソード。友人・正道(柏原収史)の大学院入学祝いに駆けつける中沢(妻夫木聡)と恋人の真紀(田中麗奈)、幼なじみのけいと(伊藤歩)、警察から逃げようとしてビルの間に挟まった哲(大倉考二)、砂浜に打ち上げられたクジラとそれを助けようとする少女―の3つである。このうちクジラのエピソードとビルに挟まった男の話は原作にはなく、脚本の益子昌一と行定勲がそれぞれ付け加えたものという。このクジラは物語が収斂する場面につながっており、フェリーニ「甘い生活」の怪魚に当たるものだと思う。
この3つのエピソードのさわりをタイトル前にさらっと描いた後、映画は時間を戻して若者たちの1日を描いていく。もっとも長い入学祝いのエピソードは他愛ない日常のおかしさに満ちており、ユーモラスに描きながら、中沢と真紀とけいとの関係が浮かび上がる。田中麗奈をはじめとして出演者の関西弁がいい感じである。しかし、章ごとに視点が変わる原作を意識したためか、けいとがアタックするかわち(松尾敏伸)とその恋人のちよ(池脇千鶴)の動物園でのエピソード(これ自体は面白い)や、中沢たちが帰った後の正道たちのエピソードが長々と描かれると、スジ重視の者としてはなんだか落ち着かなくなる。映画には群像劇の趣があるのでこの構成も分かるのだが、明確に中沢と真紀とけいとをメインにしてしまった方が良かったのではないかと思う。
高校時代のエピソードなど原作を端折った部分もあるが、セリフを含めて原作に忠実な映画化となっている。僕の好みの作品ではないけれど、映画で描かれるエピソードの数々は、金はないが暇だけはたくさんあった学生時代を思い起こさせてくれた。
【データ】2004年 1時間50分 配給:コムストック
監督:行定勲 プロデューサー:飯泉宏之 古賀俊輔 ラインプロデューサー:山本章 アソシエイトプロデューサー:和田倉和利 原作:柴崎友香「きょうのできごと」 脚本:行定勲 益子昌一 音楽:矢井田瞳 撮影:福本淳 美術:山口修
出演:妻夫木聡 田中麗奈 伊藤歩 池脇千鶴 松尾敏伸 柏原収史 三浦誠己 石野敦士 山本太郎 椎名英姫 北村一輝 派谷恵美 大倉孝二 津田寛治 佐藤仁美 綾田俊樹 南方英二 山根伸介
しんのすけたちが鬼ごっこに興じているうちに入った路地の奥に映画館「カスカベ座」がそびえているのをジャーンと見せてオープニングの粘土アニメに入る呼吸が良く、おお今回は期待できるかと思った。その期待はほぼかなえられ、面白い映画に仕上がった。惜しいのは前半の西部劇映画世界の時間が止まった描写で、長すぎてやや退屈。映画の世界に取り込まれた人々がしんのすけたちの呼びかけで我に返り、脱出へ動き始めると同時に映画も動き始め、クライマックスのつるべ打ちのアクションの痛快さにはひたすら拍手拍手である。昨年の「栄光のヤキニクロード」は普通のギャグアニメすぎてがっかりしたけれど、今回はとても面白かった。昨年から監督を務める水島努は十分に汚名を返上してお釣りが来る作品に仕上げている。
しんのすけたち5人の「かすかべ防衛隊」が無人で荒れ果てた「カスカベ座」に入ると、西部劇らしい荒い粒子の映画が上映されている(遠くに動く人影が見え、これは一瞬「リング」かと思った)。トイレに行ったしんのすけが劇場に帰ると、4人の姿がない。自分に黙って先に帰ったと思ったしんのすけは家に帰るが、4人が帰宅していないことを知らされる。両親と妹のひまわりとともにカスカベ座に戻ったしんのすけは気が付くと、西部劇の世界にいた。そこには名前とは裏腹に横暴な知事ジャスティスが支配している街があった。風間くんはなぜか保安官をしている。マサオくんとネネちゃんは夫婦になっている。ボーちゃんはインディアン。この世界、なぜか時間が止まっており、長くいると、だんだん元の世界の記憶をなくしてしまうらしい。しんのすけたちは何とかこの世界を抜け出してカスカベに帰ろうと、奮闘する。
異世界に入って、だんだん記憶をなくしてしまうという設定はまるで「千と千尋の神隠し」で、脚本も担当した水島努はそのあたりにインスパイアされたのではないかと思う。しかし、後半のアクションになると、もはや独壇場。「荒野の7人」の面々まで登場させ、笑わせて泣かせて息つく暇ないアクションを見せてくれる。しんのすけたちが赤いパンツをはいたことで超人的な力を得るあたり、「ゼブラーマン」と同じ快感がある。そして本当の力を得るには元の世界での「かすかべ防衛隊」の合言葉が必要なのだった。
いつものようにギャグを散りばめて進むストーリー。今回は予告編にあったしんのすけの必殺技がズバリと決まる場面をちゃんと見せている(いつもの「クレしん」はギャグで構成した予告編と実際の本編とはまるで関係ないのだ)。しんのすけのほのかな恋心とか、風間クンが元の世界への不満をぽろりと漏らす本音とか、記憶を失ってしまうことの怖さとかを描きつつ、あくまでもしんのすけ一家を中心にして進む物語は、同じくそれを意図しながらも、原恵一監督の「オトナ帝国の逆襲」「アッパレ!戦国大合戦」に比べて失敗に終わった前作の捲土重来的な意味合いもあるのだろう。「クレしん」本来のタッチで感動さえ与える映画を作った水島努はえらいと思う。
【データ】2004年 1時間36分 配給:東宝
監督:水島努 チーフプロデューサー:茂木仁史 生田英隆 木村純一 プロデューサー:山川純市 和田泰 西口なおみ すぎやまあつお 原作:臼井儀人 脚本:水島努 絵コンテ:原恵一 水島努 作画監督:原勝徳 大森孝敏 針金屋英朗 間々田益男 音楽:荒川敏行 宮崎慎二 粘土アニメ:石田卓也
声の出演:矢島晶子 ならはしみき 藤原啓治 こおろぎさとみ 真柴摩利 林玉緒 一龍斎貞友 佐藤智恵 斎藤彩香 村松康雄 小林修 大塚周夫 内海賢二 小林清志 内村光良 さまぁ〜ず TIM ふかわりょう